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東京地方裁判所 昭和36年(行)48号 判決

原告 岸正英 外三名

被告 郵政大臣

訴訟代理人 小木曽茂 外六名

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

一、申立

(一)  原告ら

(主位的請求として)

被告が原告らに対して昭和三六年三月二四日付でなした免職処分は、いずれもこれを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

(予備的請求として)

被告が原告らに対して昭和三六年三月二四日付でなした免職処分はいずれも無効であることを確認する。

との判決。

(二)  被告

(主位的請求に対して)

本案前の申立として

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

本案につき

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

(予備的請求に対して)

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

二、原告らの主張

(一)  請求の原因

1  原告らは、いずれも京都地方貯金局に勤務する郵政省職員であつたところ、被告は原告らに対し昭和三六年三月二四日付でいずれも懲戒免職処分(以下本件免職処分という。)をなした。

2  しかしながら、本件免職処分には次のような違法事由がある。

(1) 処分事由の不存在

原告らには被告主張の処分事由に該当する違法行為をした事実がない。

(2) 不当労働行為

イ 原告らは、いずれも郵政省職員をもつて組織する全逓信労働組合(以下「全逓」という。)の組合員であり、本件免職処分当時、全逓京都地区本部京都地方貯金局支部(以下「支部」ともいう。)の役員で、原告岸は支部長、原告渡辺は副支部長、原告高山は書記長、原告奥田は執行委員の地位にあつた。

しかして、支部は、全逓本部が昭和三三年に被解雇職員を組合幹部に選出したため、当局から公労法上の合法組合ではないとして団交を一切拒否されるに至つたので、全逓本部の指示に基づき、京都地方貯金局との間で支部交渉を行い、職場における労働条件の低下を防止し、かつその維持を図つてきたが、原告らは支部の役員として、組合活動の方針の立案、指導を行うなど活発な活動をしてきた。

ロ 被告は、原告らの右組合活動を嫌悪し、全逓の組合活動を抑圧することによる支部の弱体化を意図し、その団結権侵害を唯一の目的として原告らを本件免職処分に付したものである。

しかして、被告の右意図をうかがわせる事実は次のとおりである。

(イ) 京都地方貯金局(以下「貯金局」、「当局」ともいう。)次長宝来宗一は、昭和三五年当時原告らとの団交または支部組合員との話合いの席上、「支部の組合は行き過ぎだ。世間並み(他の地方貯金局支部の組合)にしたらどうか。」と述べた。

(ロ) 当局は、職制を他の地方貯金局へ出張させ、その職場の実態を支部組合員に伝え、原告らの支部における組合活動を批判し、また「支部は青年内閣だ。」と呼んで、暗に原告らの組合活動は跳ね上りだとの印象を与えようと努めた。

(ハ) 京都地方貯金局次長宝来宗一、同管理課長平野正義は、当局側の交渉責任者となり支部との間の交渉にあたつたものであるところ、後記昭和三五年六月二二日の確認事項第五項に約束されていた専門委員会については支部から要求されたのに一度もこれを聞かず、後記昭和三五年一一月八日の確認事項第一項(イ)の認識の相違点につき支部との話し合いを一度も行わず、また同項(ロ)の換算数についての小委員会も昭和三六年二月に一度聞いたに止まつた。当局のこれらの行為は、明らかに支部の組合活動を嫌悪したことの現れである。

(ニ) 当局は、昭和三六年一月郵政省貯金局の梶山管理係長をひそかに京都に出張させて組合対策を練り、同年三月八日から同月一八日までの間、本省係官および監察官延一〇〇名位(いわゆるトラツク部隊)を京都地方貯金局に臨局させ、専ら同貯金局の局長ら職制に対し、組合弾圧について具体的な指示を与え、指導をした。

(ホ) 当局は昭和三六年三月一七日突如支部に対し、当局と支部との間で取り交わされた文書中、管理運営事項または権限外事項にわたるものは無効であるとして、これを破棄する旨を通告し、前記六月二二日の確認事項および一一月八日の議事録確認事項を破棄する態度に出た。当局は、これまで右確認事項を権限内事項として取り扱い、労働条件にあたるものとして遵守してきたものであつて、右破棄通告は明らかに組合活動を否認するものである。

ハ したがつて、本件免職処分は労働組合法第七条に違反する不当労働行為として違法なものである。

(3) 懲戒権の濫用

原告らの行為は、正当な組合活動の域を出ないものであり、原告らの責に帰すべき事由によつて業務が阻害されたり、職場秩序が破壊されたりした事実は全くないのであるから、本件免職処分は著しく苛酷なものであり、懲戒権の濫用にあたるものである。

3  よつて、原告らは、第一次的に本件免職処分の取消しを求め、予備的に右処分の無効であることの確認を求める。

(二)  被告の本案前の主張に対する反論

原告らは、本件免職処分について、人事院に対して審査請求をしていないが、本訴のうち、処分取消の訴(以下この項においては「本訴」ともいう。)は、次に述べる理由によつていわゆる訴願前置の要件に欠けるところはない。

1  原告らは昭和三六年六月八日公共企業体等労働委員会(以下「公労委」という。)に対し、本件免職処分は不当労働行為にあたるとして救済の申立をした。しかして、右救済申立は、当時施行されていた行政事件訴訟特例法(昭和二三年法律第八一号以下「行特法」という。)第二条にいう訴願にあたるから、本訴は訴願を経由したものというべきである。

2  もつとも、原告らが本訴を提起したのは昭和三六年五月三〇日であるから、訴提起当時はいまだ公労委に対する救済申立がなされていなかつたものであるが、訴願を経由しないで処分取消の訴を提起した場合でも、訴の却下がされない間に、訴願の裁決がなくして三か月を経過すれば、訴は適法となると解すべきである。原告らがした右救済申立については、三か月を経過しても公労委の命令は発せられなかつたものであるから、本訴は右救済申立の日から三か月の経過により適法となつたものである。

なお、原告らは、昭和三六年一二月一日公労委に対する救済申立を取下げたが、本訴が一旦適法となつた以上は、右取下げにより訴訟が不適法となるものではない。

3  仮りに、前記救済申立が訴願にあたらないとしても、本訴は行特法第二条但書にいう訴願を経ないことについて正当な事由がある。すなわち、

(1) 原告らは、昭和三六年五月三〇日本訴を提起したものであるところ、被告から何んらの妨訴抗弁の主張がなく、また裁判所から何んらの釈明を求められず、本訴の提起が適法であることを前提として、本案についての審理が長期にわたり進められてきたところ、被告は昭和四三年一一月二一日に至り、本訴の審理が終局に近づいた段階になつてはじめて本訴が訴願を経由していない不適法なものであると主張するに至つたものである。このように、当事者が何んら訴の適否を問題としないで、本案の審理を長期にわたつて続け、主張・立証も十分に尽された場合は、行政庁に再考の機会は十分に与えられたとみるべきであるから、この期に及んで訴願を経ることを要求するのは無意味というべきである。また、公労委のほか、人事院に対して審査請求を経由しなければならないとすることは、国民に無用の負担をかけることである。

従つて、本訴は訴願不経由の瑕疵は治癒されているものと解すべきである。

(2) また、現業国家公務員の場合の訴願前置に関する法制は錯綜して居るから、原告らが公労委に対する救済申立が訴願にあたり、人事院に対する審査請求を経由しなくても、訴願前置の要件は充足されるものと解したとしても、これは無理からぬことである。原告らは、本訴の提起にあたりこのように解して、公労委に対して救済申立をしたが、人事院に対する審査請求をしなかつたものである。

(3) 原告らは、いずれも賃金のみで生活する労働者であるから、本件免職処分について人事院に対する審査請求を経由した後でなければ出訴し得ないものとすれば、その救済は遅れ、経済的・精神的に著しい損害をこうむることになる。このような事情の存する本件にあつては、国民の裁判を受ける権利を尊重する立場からして訴願を経由しなかつたことにつき正当な事由があると解すべきである。

(三)  処分理由に対する答弁

1  処分理由1の事実中、原告らが被告主張のように支部の役職にあつたことは認め、その余の事実は争う。

2  処分理由2について

(1)の事実は否認する。

(2)の事実中、原告ら三名が小会議室に入室したことは認め、その余の事実は否認する。

従来、振替課において非常勤職員を採用する場合には、少なくとも二、三日前に支部に対し通知し、団体交渉が持たれていたところ、局側は三月六日に翌七日から非常勤職員を採用する旨を支部に通知し、かつ支部の申入れた団体交渉にも応じなかつた。そこで支部は非常勤職員の作業実態を調査する必要があつたので、原告らは非常勤職員が作業中の小会議室へ赴いたものであつて、正当な組合活動である。

(3)の事実中、原告岸が原告渡辺、同奥田とともに振替貯金課(以下単に振替課という)事務室内に立ち入つたこと、および原告岸が払込書在中の文庫を手で押えたことは認め、その余は否認する。

(4)、(5)、(6)の各事実はいずれも否認する。

仮りに原告らにおいて被告主張の(3)ないし(5)の各行為に出たとしても、原告らが右行為に出たのは、次のような理由による。すなわち、振替課においては、従来、振替貯金払込書の処理枚数は後記のとおり六月二二日確認事項第七項によつて振替課長と同課担当の執行委員との話し合いによつて決められていたところ、倉本振替課長は、当日、同課担当の執行委員である原告奥田と話し合いをしないで、非常勤職員が前日処理した枚数を上積みして一方的に処理枚数を決め、これが処理を命じて強行した。そこで原告らは前記確認事項第七項による労働条件を確保するため、止むなく右行為に出たもので、正当な組合活動である。

また原告岸が当日午後三時三〇分過ぎ頃、振替課事務室において演説を行つたのは、その直前、宝来次長において「組合側の無理解によつて交渉は決裂した」旨全く事実に反する局内放送を行つたため、支部組合員に事の真相を伝える必要上、止むなく説明を行つたものである。

(7)の事実は否認する。

(8)の事実中、原告らが倉本振替課長に対し、当日の払込書処理枚数について支部と話し合うよう要求したことは認め、その余の事実は否認する。

原告らが右要求をしたのは、局側が後記六月二二日の確認事項第七項を無視して振替課担当の執行委員である原告奥田と話し合いをすることなく、一方的に当日の払込書処理枚数を六、五〇〇枚と決め、その処理を命じたので、右確認事項第七項に基づく話し合いを求めるためであつて、何ら不当視すべきものではない。

(9)、(10)、(11)、(12)の各事実は、いずれも否認する。

(13)の事事中、原告岸が支部組合員に対し振替課事務室へ集合するよう指示し、同室に集合した支部組合員に対し演説を行つたことを認め、その余の事実は否認する。

原告岸が支部組合員に対し振替課事務室への集合を指示し、同室に集合した支部組合員に対し演説を行つたのは、当日午後二時四〇分頃、宝来次長が不当にも支部を中傷する庁内放送を行つたので、支部の組織を防衛するための止むを得ない行為であつて、正当な組合活動である。

(14)、(15)、(16)の事実は、いずれも否認する。

(17)の事実中、局側要員が安全庫の中へ行つたことは認め、その余の事実は否認する。

(18)の事実中、第一口座係長および第二口座係長の両名が自席に戻つたことは認め、その余の事実は否認する。

(19)、(20)、(21)、(22)、(23)の各事実は、いずれも否認する。

(24)の事実中、原告渡辺、同高山が午前八時三〇分から同四三分までの間、支部執行部役員と共に、局側が振替課事務室入口に掲示した「他課員の入室禁止」の貼紙による業務命令を無視して同室に入室したことは認めるが、その余の事実は否認する。

原告渡辺、同高山は支部執行部役員として職場の状況点検のため入室したもので、従来の慣行どおりにしたまでである。

(25)、(26)、(27)、(28)、(29)、(30)の事実はいずれも否認する。

(31)の事実中、原告らが局長と面会したことは認め、その余の事実は否認する。

(32)の事実中、原告らが被告主張の支部役員であつたことは認め、その余の事実は否認する。

(四)  被告が本件処分理由として主張する原告らの一連の行為は、次に述べるように被告の、労働基本権を無視し、これを侵害する行為によつて生じたものである。

1  京都地方貯金局においては、昭和二九年の定員法改正以来、その定員は大巾に削減され、しかも昭和三四年以来、定員八一六名のところ八〇〇名ないし八〇三名の現在員という欠員状況が続いていたに拘らず、当局の責任者はこの絶対的な要員不足に対し定員の確保を殊更に避け、専ら職員の労働強化によつて業務運行を図つてきた。殊に貯金局における業務の特殊性から、職場では日締計算処理の原則(その日の仕事はその日に処理するという建前)が採られていた関係から、屡々職員に担務の変更が命じられた。担務の変更は職員の労働強化につながるものであつたから、支部は常にこれに反対すると共に、定員の欠員補充を要求し来つたが、当局は単に非常勤職員の採用などで一時的に糊途して来た。

2  昭和三四年年末斗争に当り、支部は定員の欠員補充、担務の明確化、担当業務の確立(無差別無制限の業務の兼任担当、担務の変更を排除し、担務の明確となつた作業を長期安定固定して執務させる)などを要求し、当局は欠員の補充につき欠員一四名については積極的に補充するよう努力する旨回答したが、右年末斗争終了後においても、支部は担務の明確化、担当業務の確立を日常の労働条件として確保するため職場活動を進めてきた。

3  昭和三五年春斗において、支部は全逓の斗争目標と結合して支部独自の職場要求を掲げて斗争を組織し、三四年年末斗争と同じく、担務の明確化、担当業務の確立を要求し、労働密度の異常な上昇から逃れるため取扱規定どおりの作業を行なう斗争を展開した。そのため京都地方貯金局においては事務繁忙期(三月下旬から五月上旬まで)によるものを含めて大量の滞貨を生じ、五月上旬においてその滞貨量は約二週間分に達するに至つた。そこで支部は、右のような滞化を背景として斗争態勢を更に強化し、要員問題の解決を図ろうとしたところ、当局は支部の要員措置の要求について何ら具体的対策を講ずることなく、ただ滞貨処理のみに没頭し業務命令を乱発するとともに課内における配置転換等の措置を打ち出して来た。この当局の措置について交渉中、当局は支部の要求に対し(イ)、担務変更は支部と話し合いの上で行なう、(ロ)、換算数(一日の処理物数の算出基準)は現行の五五九を昭和三五年五月二〇日まで五二五とする、(ハ)、配置転換の内命は、できる限り早い目にする、(ニ)、要員確保については転勤二ないし三名、非常勤四ないし五名採用し、今後さらに努力する、ことなどを確約した。

しかし当局は依然として要員対策を講じないで、滞貨処理のためとして課外からの配置転換案を提示してきたが、この提案を認めるにおいては職員の労働条件がくずされ、要員問題は斗い取れないとの判断の下に、支部は同年五月一九日京都地方貯金局局長と要員対策について交渉した結果、当局は寺島次長を郵政省に派遣したが、見るべき効果はなかつた。そこで、支部は更に戦術を強化して斗いを強力に展開した結果、全逓本部と郵政省当局との間に(1)、七月一日付で臨時補充員五名を入れる、(2)、高齢者退職の欠員補充の際、京都地方貯金局は特に考慮する、(3)、滞貨物処理については更に超勤原資を確保して非常勤賃金に充当する、以上三項目の確認がなされた。支部はこの三項目に加えて要員問題に関連する諸要求を掲げて当局と交渉を重ねた結果、同年六月二二日支部と当局との間に次の一〇項目からなる確認が成立し、議事録の別紙として確認書が作成され、二ケ月半に亘る昭和三五年春斗は妥結をみた。

(一) 担務の明確化については、さきの確認事項を再確認する。

(二) 今回の斗争処分については、処分しないということは言えないが、局長が本省へ働きかける。

(三) 非常勤者二四名は年度内確保する。またその内容向上(本務者採用等)にも努力する。

(四) 遅滞回復は七月二〇日を目標とする。回復計画に伴う月次決算の遅滞は官の責任において適当な手段を講じるが、労働強化は行わない。

(五) 遅滞回復期間中の換算数は五〇〇とし、換算数の再調査および検討については、官・組による専門委員会をもち、遅滞回復期日を目途として再調査を行なう。なお双方の人選は事務当局で協議する。

(六) 要員の適正配置は、遅滞回復後、配置転換者を含めた中で一斉に実施する。

(七) 七貯、振替の遅滞については、課内において課長と執行委員が話し合つて善処する。

(八) 今後の自然退職の補充については、転入者の受入に努めるほか、根本的な解決のためにも、できるだけ努力を行なう。

(九) 短期非常勤の固定については、配置転換に当つて、本務者と同じ考え方で措置する。

(一〇) 非常勤の細部の労働条件については改善に努力する。

なおその際、右確認事項(五)の換算数五〇〇が該当しない課においては、現行より一割程度下げた換算数を内容として、それぞれ該当課で確認事項(七)に関連して、課長と支部執行委員が話し合いの上決定することが、双方で確認されたものである。

右六月二二日の確認成立以来、京都地方貯金局においては、右確認事項に基づいて換算数五〇〇以内で作業が行われ、また担務の変更も官側と組合側の話し合いの上行うことが実行され、その他一切の労働条件に関することは、課長と支部執行委員との話し合い若しくは交渉によつて運営され、それが労働慣行として守られて来た。

4  しかし当局は、同年七月の管理者異動に伴い新管理体制のもとに、前記確認事項に基づく労働システム、労働慣行の打破を目論んだ。とくに、昭和三五年春斗の終了後、京都地方貯金局における滞貨は一時的に解消の兆を見るに至つたが、要員不足が根本的に解決されなかつたため、間もなく滞貨は漸増するに至つたのであるが、当局は右滞貨漸増の原因は要員不足にあるのではなく、現行の労働システムにあるとなし、滞貨漸増の原因は要員不足にあるとの支部の見解と対立するに至つた。右の如く滞貨の漸増により前記確認事項についての当局側と支部側の認識の不統一が現実化したため、昭和三五年一一月八日(当時年末斗争中)当局と支部との間に交渉が持たれ、前記確認事項、労働システムの意識統一を行い、次の事項が議事録確認事項として確認されるに至つた。

(一) 現行システムについては、別に団交または小委員会で結論を求める。したがつて、現行システムの当否については棚上げする。

(イ) 団交においては現行システム(春斗確認事項)の認識の相違点について官より提示の上、解釈を統一する。

(ロ) 小委員会においては換算数の検討を行なう。

(二) 現在雇傭中の一五名の非常勤者については、昭和三六年四月一日以降、なお継続雇傭するよう努力する。

(三) この非常勤の本務化については、当局管理者として回答できないが、現在まで本務化されてきたような形での努力を行なう。

(四) 最近の遅滞事務および年末首の事務繁忙対策について、官の措置としてできるだけ多くの非常勤を雇用する。

(五) 一月中旬以降における業務運行については、要員対策等を含め、官の責任において考慮して行く。

(六) 年休、特休、産前後休暇の後補充については本省へむけ努力を行なう。

この議事録確認により、当局と支部の対立点は一応解消され、前記六月二二日の確認事項は再確認され、従来の労働システムは団交、小委員会の結論がでるまでは、明確に有効であることが裏付けされたもので、爾来、昭和三五年年末斗争、年末年首(昭和三五年年末および昭和三六年年首)繁忙期を経て、昭和三六年春斗に至るまで、京都地方貯金局における労働システムとして運行され、労働慣行として職場内に確立された。その間、前記一一月八日の確認事項(一)の(イ)については交渉は一回も開かれず、(ロ)の小委員会については昭和三六年二月始めに一回開かれたのみで、しかも当局側から定員算出基準の説明があつたにすぎない。

5  昭和三三年二月全逓本部と郵政省との間に、計算機の導入に関し、「計算機は試験的に使用する。計算機導入に伴う諸問題は両者誠意を以て善処する。」との確認が成立し、右確認の下に東京貯金局において振替会計機の試用がなされたところ、昭和三四年三月に至り、郵政省から全逓本部並に支部に対し、京都地方貯金局における事務の合理化のため同局に振替会計機を設置したい旨の申入れがあつた。そこで右振替会計機の導入に関し、支部と当局との交渉の結果、(イ)、機械化対策委員会を設け振替会計機使用に関する一切の問題を協議する、(ロ)、協議が成立したものについては、本部、本省間の確認に基づき両者誠意をもつて対処する、(ハ)、対策委員会は執行部三名、振替貯金課員三名、当局側三名で構成し、時間中に問題があるごとに開催する、尚必要あるときはオブザーバーの出席を要請するとの確認が成立し、支部は振替会計機の試験使用の申入に応じ、対策委員のメンバーを決定した。なおその後昭和三五年二月二五日全逓本部と郵政省との間に振替会計機の導入に関し、(1)、労働条件は現在より下廻らないようにする。(2)、強制配置転換は行わない、(3)、人員整理は行わない、などの確認がなされた。

京都地方貯金局においては、前記(イ)の確認事項に基づいて機械化対策委員会が設けられ、昭和三五年一月、右委員会は機械の能力や職員の出勤日数などを勘案し、振替貯金課職員の振替貯金払込書の処理枚数を平日は五、〇〇〇枚、土曜日は一、七〇〇枚と決定し、当局および支部の双方においてこれを確認した。爾来、振替課においては、右処理枚数を基準として業務の運行がなされ、事務繁忙期には非常勤職員の採用、超過勤務などで処理され来つたところ、前記六月二二日の確認が成立した後は、同確認事項(七)に基づいて振替課において振替貯金課長と同課担当の執行委員との話し合いによつて日々の処理枚数を決めることになつたのであるが、この取扱は前記一一月八日の確認によつて再確認された。

6  上記の如く、京都地方貯金局においては、局側と支部との間で確認した昭和三五年六月二二日および同年一一月八日の各確認事項が存し、振替課における振替貯金払込書の処理枚数については、前記六月二二日の確認事項第七項によつて、振替貯金課長と支部の同課担当執行委員との話し合いによつて決められることが協定され、かつ、その通り行われて来たものであるに拘わらず、局側は同三六年三月に至り、貯金局における業務遅滞の原因は右確認事項による業務運行にあるとなし、確認事項の破棄を企図し、同月八日以降、不合理にも事前の団体交渉を経ることなく右確認事項第七項の協定を無視し、執行委員との話し合いをすることなく、一方的に当日の払込書処理枚数を決め、その処理を命じて強行し、かつ前記のとおり大量の郵政監察官を職場に導入し、支部の組合員を威圧し、同月一七日支部に対し前記六月二二日および一一月八日の各確認事項を破棄する旨通告するに至つた。

原告らは当局側の右協定の無視により生ずる支部所属組合員の労働条件の低下を防止し、従前の確立された労働慣行を確保するため、必要最少限度の組合活動として本件の行為に出でたものであるから、右行為はすべて正当なものである。

三  被告の主張

(一)  本案前の主張

1  原告らは、本訴において、主位的請求として、本件免職処分の取消しを求めているが、右処分に対しては昭和三七年法律第一六一号による改正前の国家公務員法第九〇条により人事院に対して審査の請求をすることができることになつていたのであるから、これが取消しを求める訴訟の提起にあたつては、右処分当時施行されていた行特法第二条により、右審査請求を経ることが要件となるものである。

原告らは、右審査請求を経ることなく本件免職処分の取消しを求める訴訟を提起したものであるから、本訴のうち主位的請求は訴願前置の要件を欠く不適法なものとして却下を免れない。

2  原告らの主張(二)に対する答弁・反駁

原告らが昭和三六年六月八日公労委に対し原告ら主張のような救済申立をしたこと、右救済申立について申立後三ケ月を経過しても公労委の命令が発せられなかつたことは認め、その余は争う。

公労委は不当労働行為がなされた場合、原状回復の具体的措置を講ずることにより救済を計る機関であつて懲戒処分の適否ないし当不当を直接判断する権限を有しないものであるから、公労委に対する救済申立は行特法第二条にいう訴願にはあたらないものである。

また、仮りに公労委に対する救済申立が訴願にあたるとしても、原告らは本訴提起当時である昭和三六年五月二〇日には、いまだ公労委に対する救済申立をしていなかつたものであるから、本件懲戒処分の取消しを求める訴は訴願を経由していない不適法な訴である。

しかも、右救済申立は、何んらの審理がなされないまま、昭和三六年一二月一日取下げられたものであり、このような訴提起後のきわめて形式的な救済申立によつて、不適法な訴の瑕疵が治癒されるものではない。

(二)  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1の事実は認める。

2  請求の原因2の(1)の事実は否認する。本件免職処分は後記(三)で述べる原告らの非違行為を処分事由としてなされたものである。

請求の原因2の(2)の事実について

イの事実中、原告らが全逓の組合員で、本件免職処分当時、いずれもその主張のような支部役員であつたことは認め、その余は争う。

ロの事実中、冒頭の主張は争う。(イ)の事実は否認する。(ロ)の事実のうち、職制を他の地方貯金局に出張させたことは認め、その余は否認する。(ハ)の事実のうち、宝来次長、平野課長が当局側の交渉責任者となつたこと、原告ら主張の専門委員会が昭和三六年二月九日まで開かれなかつたこと、原告ら主張の一一月八日の確認事項第一項(イ)に関する話し合いが行なわれなかつたこと、同項(ロ)の換算数についての小委員会が同三六年二月に一度開かれたに止まつたことはいずれも認め、その余は否認する。(二)の事実のうち、昭和三六年三月九日から同月一八日までの間に、本省係官および監察官延七〇数名が京都地方貯金局に臨局したことは認め、その余は否認する。(ホ)の事実中、当局が昭和三六年三月一七日支部に対し原告ら主張のとおりの無効通告をし、六月二二日の確認事項および一一月八日の確認事項を破棄したこと、昭和三六年三月一〇日まで確認事項によつて業務の運営がなされていたことは認め、その余は否認する。

請求の原因2の(3)の事実は否認する。

3  現業の国家公務員に対する懲戒処分の取消しを求める訴訟においては不当労働行為を違法事由として主張することは許されない。

(1) 現業の国家公務員に対して懲戒処分がなされた場合、処分自体の違法を理由とするときは人事院に対して審査請求をすることができ、人事院の判定に不服があるときは懲戒処分について抗告訴訟としての取消訴訟を提起することができる。他方、不当労働行為を理由とするときは、公労委に対して救済の申立をすることができ、公労委がした救済申立棄却の命令に対しては、その取消を求める行政訴訟を提起することができることとなつている。

(2) 現業の国家公務員について、公労委が労働組合法と同様の不当労働行為制度をとつている以上、不当労働行為にあたる懲戒処分は、取消訴訟による取消しをまたないで、その効力が否定されるべきものであり、その意味において不当労働行為にあたる懲戒処分については抗告訴訟としての取消訴訟を法は予定していないものと解すべきである。公労法第四〇条第三項が不当労働行為に該当するものについては、人事院に対する審査請求の手続を排除しているのも、このことを裏書するものである。

(3) このように、現行法制上、現業の国家公務員に対する懲戒処分の救済については、処分自体の違法を理由とする場合と、不当労働行為にあたることを理由とする場合とでは、全く別個の救済制度が定められて居り、しかも両制度とも自己完結的な救済制度として整備されているだけでなく、両者は制度の趣旨をも異にしている。

このことからみて、不当労働行為に対する救済手続においては、処分自体の違法事由を主張することは許されず、また処分自体の違法を理由とする救済手続においては、不当労働行為の主張は許されないと解するのが現行法制の趣旨とするところである。

したがつて、処分自体の違法事由に対する救済として認められている取消訴訟においては、不当労働行為を違法事由として主張することは許されないものである。

(三)  処分理由

本件免職処分の理由は、次のとおりである。

1  後記(四)2の(6)で述べるとおり、京都地方貯金局(以下「貯金局」または「局」ともいう。)では、振替貯金課の事務は昭和三六年三月に入り遅滞が激しくなつたため局側は右遅滞の解消を図るため同月七日より非常勤職員(学生アルバイト)一五名を採用し業務運営に当ることとなつたところ、原告らの所属する全逓京都地方貯金局支部は、定員増員獲得の要求貫徹のため局側の措置に反対の態度をとり、非常勤職員が処理した物の取扱を拒否することにし、同月七日以降非常勤職員が処理した払込書を本務者に取り扱わせることを再三にわたり実力をもつて妨害し、或いは勤務時間中組合員をして職務放棄を行わせるなど極めて悪質かつ常軌を逸した行為を連日にわたつて繰り返した。

原告岸正英は前記全逓支部の支部長、原告渡辺孝一郎は同副支部長、同高山宏は同書記長、同奥田不美男は同執行委員であつたものであるところ、次に述べるような非違行為をいずれも自らなし、あるいは他の職員を指導してなさしめたものである。

2  原告らの非違行為は、次のとおりである。

(三月七日の行為)

(1) 原告岸、同奥田は昭和三六年三月七日(以下昭和三六年中の事実を示すときは、年次を省略する。)午後四時一二分から同四時一七分まで(原告奥田は四時二九分まで。)の間、京都地方貯金局小会議室に立ち入ろうとして、それぞれ上長に無断で、原告岸は自己の執務場所である同局第四貯金課事務室を、原告奥田は同じく同局振替貯金課事務室を離脱して職場放棄をした。

(2) 原告岸、同渡辺、同高山は、同日午後四時三二分ごろ組合役員ら六名と共に、管理課長平野正義、業務課長高栄一および管理係長中野清次の制止を無視して同局小会議室に入室し、右管理課長から口頭で同室より退去して就業するよう命ぜられたのにこれに従わないで在室し、原告岸、同渡辺は業務命令に違反し、原告高山は退去命令(庁舎管理権に基づくもの。以下同じ。)に違反した。

(三月八日の行為)

(3) 原告岸は、三月八日午前八時三〇分の始業と同時に原告渡辺、同奥田と共に同局振替貯金課事務室安全庫に立ち入り、同安全庫入口附近の糊付台上にあつた当日処理予定の払込書三、一〇〇通(非常勤職員により開封ずみのもの)在中の文庫を両手で抑え、振替貯金課課長代理中村義雄、平野管理課長および高業務課長らから、本日の処理分だから手を離すよう命ぜられたのに拘わらずこれに従わず、また同八時三三分ごろから同三分ごろまで右事務室中央附近で執務中の同課職員に向つて演説し、その際別途組合から指示するまで仕事を見合わせるよう指示して同課の業務を妨害し、さらに右管理課長から直ちに就業するよう命ぜられたのにこれに従わないで業務命令に違反した。

(4) 原告渡辺は、同午前八時三二分ごろ、同局振替貯金課事務室安全庫入口附近の糊付台上にあつた当日処理予定の払込書三、一〇〇通在中の文庫を、原告岸から引き継いで抑え、平野管理課長から、手を離して就業するよう命ぜられたのにこれに従わず、右業務命令に違反した。

(5) 原告ら四名は、同日午前九時四〇分ごろ、振替貯金課長倉本時男および中村同課長代理が再び前記文庫を安全庫から運び出そうとしたところ、原告奥田がこれを抑え、原告岸、同渡辺、同高山らが右文庫を取り囲んで右課長および課長代理の業務を妨害し、引き続き右課長らが右文庫を取り上げようとすると、原告ら四名は、同課長らの前に立ち塞がつて右文庫の搬出を阻止する体勢をとり、その結果、右文庫の搬出ができず、同文庫在中の三、一〇〇通の払込書の処理を不能ならしめて同課の業務を妨害した。

(6) 原告岸は、同日午後三時三〇分から同三時四五分ごろまでの間、上長に無断で、前記執務場所を離脱して職場放棄をし、同局振替貯金課事務室において同課員に対して演説を行つたが、その間、中村課長代理および中野管理係長から演説を中止して同室から退去するよう命ぜられたのに、これに従わないで業務命令に違反した。

(三月九日の行為)

(7) 原告ら四名は、三月九日午前一一時ごろから、前記安全庫内に立ち入つて同一一時一〇分ごろまで会合をし、その間、中野管理係長から退去して就業するよう命ぜられたのに、これに従わないで原告岸、同渡辺、同奥田は業務命令に違反し、原告高山は退去命令に違反した。

(三月一〇日の行為)

(8) 原告ら四名は、三月一〇日午前八時三〇分の始業と同時に団体交渉の手続きを経ることなく、組合執行部役員九名と共に同局振替貯金課事務室において同課々長倉本時男を取り囲み、交々、同課長に対して、当日の処理数について事前に組合と話し合うよう要求して、約一時間にわたつて同課長をして右応対に終始せざるをえない状態におき、同課長の業務を妨害した。

(9) 原告ら四名は、同日同局振替貯金課事務室において倉本同課長に対し右(8)の要求を行つている間、高業務課長および平野管理課長から再三、同室より退去して就業するよう命ぜられたのにこれに従わないで、原告岸、同渡辺、同奥田は業務命令に違反し、原告高山は退去命令に違反した。

(10) 原告渡辺は、同日午前八時四八分ごろ、同局振替貯金課課長代理中村義雄が各係長を通じて同課員の机上に払込書を置き、その処理を命じたところ、同課職員に対して「話しがつくまで処理するな。」と指示して怠業をあおり、またはそそのかし、結局同課職員に右処理を中止せしめて同課の業務を妨害した。

(11) 原告奥田は、同日午前一〇時一〇分ごろから同一一時すぎごろまでの間、倉本振替貯金課長に対して執拗に組合支部の計算による処理数でなければ処理しない旨を主張し、その間同課長の業務を妨害した。

(12) 原告ら四名は、同日午後一時三〇分ごろ組合執行部役員と共に振替貯金課事務室に立ち入り、同課倉本課長が同課職員に命じた業務処理が不当な措置であるとして同課長を取り囲んで交々話合いを要求し、同午後二時頃まで同課長をして右応対をなさざるをえない状態におき同課長の業務を妨害した。

(13) 原告岸は、同日午後二時五分ごろから同局振替貯金課事務室において、勤務時間中の同局各課職場委員を同室に集合させて集会を行い、これに引き続き午後二時三九分ごろから同三時九分ごろまでの間、勤務時間中の支部組合員全員に対し同室に集合するよう指示して同室に集合させ、原告岸、同高山は、(高山は同日午後二時三九分ごろから同三時九分まで。)右組合員らに対して演説を行い、その間、中野係長から口頭および局内放送によつて、同室から退去して就業するよう命ぜられたのにこれに従わないで原告岸は業務命令に違反し、原告高山は退去命令に違反し、かつ前記職員をそれぞれ右時間中(午後三時から同三時九分までの休息時間を除く。)欠務させた。

(三月一一日の行為)

(14) 原告岸は、三月一一日午前八時五〇分ごろ同局振替貯金課事務室に立ち入り、勤務時間中の同課職員に対し「今後における仕事は支部独自の立場でやる。」旨の演説をし、原告高山はその場に同席し、平野管理課長および中野管理係長の口頭による同室から退去して就業するよう命ぜられたのにこれに従わないで、午前九時一〇分ごろまで同事務室に在室し原告岸は業務命令に違反し、かつその間約二〇分欠務し、原告高山は退去命令に違反した。

(三月一三日の行為)

(15) 原告ら四名は、三月一三日午前八時三〇分の始業前から組合執行部役員八名と共に同局振替貯金課事務室に入り、午前八時三五分ごろ勤務時間中であるのにかかわらず、各職場委員約三五名を同事務室に集合させ、平野管理課長および中野管理係長から口頭で同室から退去して就業するよう命ぜられたのにこれに従わないで同九時三〇分ごろまで同室に在室し、原告岸、同渡辺、同奥田は業務命令に違反し、原告高山は退去命令に違反した。

(16) 原告奥田は、同日午前八時四〇分ごろ同局振替貯金課振替貯金口座係職員の机上に配付されていた払込書の一部六〇五通をほしいままに取り上げて持ち去ろうとし同課の業務を妨害した。

(17) 原告岸は、同渡辺は、同日午前八時四〇分ごろ原告奥田が振替貯金口座係職員の机上に配付されていた払込書の一部六〇五通を持ち去ろうとしたため、同局次長宝来宗一ほか局側要員がこれを阻止したところ、支部の組合執行部役員および職場委員ら約三〇名に指示して、右宝来次長らを前記安全庫七番入口附近から同安全庫内に押し込めた。

(18) 原告岸、同渡辺、同高山は同日午前一〇時四〇分ごろ、倉本課長が第一口座係長および第二口座係長の両名に命じて同課長席脇の机で払込書の処理をさせていたところ、組合執行部役員と共に、右係長らの右処理事務を中止させたうえ、同係長らの両側に附添うようにして同係長らの自席まで連れ去り、同係長らが右課長から命ぜられて執行中の業務を約一〇分間にわたり妨害した。

(19) 原告岸、同渡辺、同奥田は、同日午前八時三〇分から同一〇時三〇分ごろまでの間、各職場委員および各課職員を指揮して、各貯金課課長に対して、それぞれの課において局側の措置説明を要求させ、各課長の口頭による就業命令があつたのにも拘わらず、各課職員のそれぞれの職務の執行を放棄せしめて右要求を三〇分ないし一時間にわたつて継続させ、同局第一貯金課の全職員およびその余の貯金課の一部の職員をして、右業務命令に違反せしめた。

(三月一四日の行為)

(20) 原告岸、同渡辺、同奥田は、三月一四日午前八時三〇分から同九時四〇ごろまでの間、原告高山ほか支部執行部役員と共に各職場委員約三五名を振替貯金課事務室に入室させ、これらの者を欠務させて協議を行い、さらにその後も引き続き同日午後五時に至るまで終日無断で、原告岸は自己の職場である同局第四貯金課を、原告渡辺は同じく第一貯金課を、それぞれ離脱し、原告奥田は自己の行うべき振替貯金業務を放棄した。

(21) 原告高山は、午前八時三〇分から同九時四〇分までの間、原告岸、同渡辺、同奥田ほか組合執行部役員と共に各職場委員約三五名を振替貯金課事務室に入室させて協議を行つていた際、同局第七貯金課長吉川喜三郎から同室より退去すべき旨の局長名義の退去命令書により退去を命ぜられたのに、これに従わないでそのまま在室し庁舎管理権にもとづく右退去命令に違反した。

(22) 原告岸は、同日午前八時五五分ごろ振替貯金課事務室内において局長の命令により郵政省貯金局管理課事務官近田精吉が同室の状況を写真撮影するため机上に上つていたので、これに抗議することに藉口し、組合員を指揮して同事務官を取り囲み、撮影したフイルムを引き渡すよう強要し、同事務官をしてついに同フイルムの引渡を余儀なくせしめた。

(23) 原告奥田は、同日午前一一時ごろから午後三時五〇分ごろまでの間、五回にわたり、同局振替貯金課事務室内において、同課職員に対して、組合の方針による処理物数を超える物数の処理をしないよう指示して、同課の業務を妨害した。

(三月一五日の行為)

(24) 原告渡辺、同高山は、三月一五日午前八時三〇分から同八時四三分までの間、組合執行部役員と共に、局側が同局振替貯金課事務室入口に掲示した「他課員の入室禁止」の貼紙による業務命令を無視して入室し、さらに高業務課長から退去して就業するよう命ぜられたのに、これに従わないで在室し、原告渡辺は業務命令に違反し原告高山は庁舎管理権に基づく入室禁止命令および退去命令に違反した。

(25) 原告奥田は、同午前八時三〇分から同八時四三分までの間、高業務課長から就業するよう命ぜられたのに、これに従わないで、業務命令に違反した。

(26) 原告高山は、同日午前一一時五九分ごろおよび午後二時二五分ごろの二回にわたり、中野管理係長から、組合が同局舎地階の局側掲示板に無断で貼付した「申入書」と題する掲示物を撤去するよう命ぜられたのにこれに従わず、庁舎管理権にもとずく撤去命令に違反した。

(三月一六日の行為)

(27) 原告岸は、三月一六日午前八時四八分ごろ、原告高山は同日午前八時四五分ごろおよび午後四時一五分ごろの二回にわたり、それぞれ中野管理係長から、組合が同局舎地階の組合掲示板脇の壁面に無断で貼付した「檄」と題する貼紙を撤去するよう命ぜられたのにこれに従わず、就業規則第一三条第七項所定の庁舎管理権にもとずく撤去命令に違反した。

(三月一七日の行為)

(28) 原告高山は、三月一七日午前八時四一分ごろ、平野管理課長から前記(27)と同様の壁面に組合が無断で掲示した「対官警告書」と題する貼紙を撤去するよう命ぜられたのに、これに従わず、庁舎管理権にもとずく撤去命令に違反した。

(29) 原告岸、同高山、同奥田は、同午後三時一七分ごろ組合執行部役員と共に、同局々長室に入室しようとし、同局長室入口扉前で右入室を阻止しようとした中野管理係長および右扉内側から扉を抑えていた平野管理課長を排し、力まかせに扉を押しのけて同室に乱入した。

(30) 原告高山は、同日午後一時三〇分ごろ、同局舎内構内局開設予定室に無断入室し、同室内で作業中の非常勤職員(学生アルバイト)に対して非常勤職員を辞めるよう働きかけ、同局が右非常勤職員に行わせていた業務を妨害し、また原告岸、同高山、同奥田は、同日午後四時五〇分ごろ、同局舎内構内局開設予定室に無断で立ち入り、同室において、析柄上田課長代理が非常勤職員に対しその勤務に関し説明中であつたにもかかわらず、右非常勤職員(学生アルバイト)に対し、非常勤職員を辞めるよう働きかけ、上田課長代理の業務を妨害すると共に同局が右非常勤職員に行わせていた業務を妨害しようとした。

(三月一八日の行為)

(31) 原告岸、同渡辺は、原告高山と共に三月一八日午前一一時四三分ごろ会議中の局長に面会を強要して局長室に入り、局長が帰室するや通告書を読み上げ、同一一時四七分ごろまで在室し、その間無断で原告岸は自己の職場である同局第四貯金課を、原告渡辺は同じく第一貯金課を、それぞれ離脱して就業しなかつた。

(三月一三日から一八日までの行為)

(32) 全逓京都地方貯金支部は、昭和三六年三月一三日ごろ、京都地方貯金局における通常貯金業務として、各日管理者が当日処理分として各通常貯金課(第一貯金課ないし第六貯金課)職員に配付して処理を命じた事務量のうち、当時同局が右各貯金課の業務を行わせるため採用していた非常勤職員が処理すべき事務量に相当する業務については処理しないことを決定し、同月一四日、一五日、一六日、一八日の四日間にわたり右各課職員にこれを実行させて同局の業務を妨害したが、原告らは前記1のとおり支部の組合役員として右業務妨害を指導した。

3  原告らの行為は、国家公務員法第八二条各号に該当するので、被告は昭和三六年三月二四日付でそれぞれ原告らを懲戒免職処分にしたものである。

(四)  原告らの主張(四)に対する答弁並びに反論

1  答弁

(1)、原告ら主張(四)の冒頭の事実は争う。

(2)、同1の事実中、京都地方貯金局の責任者が専ら職員の労働強化によつて業務運行を図つてきたこと、担務の変更が職員の労働強化につながるものであることは否認し、その余の事実は認める。

(3)、同2の事実中、昭和三四年年末斗争終了後に支部が担務の明確化、担当業務の確立を日常の労働条件として確立するため職場活動を進めたことは不知、その余の事実は認める。

(4)、同3の事実中、昭和三五年春斗において支部が要員問題解決のため採つた斗争体制、支部が当局の提示した課外からの配置転換案につき、これを認めるにおいては職員の労働条件がくずされ要員問題は斗い取れないと判断したことは不知、当局が支部の要員措置要求について何ら具体的対策を講ずることなく、滞貨処理のみに没頭したこと、六月二二日の確認成立の際、同確認事項(五)の換算数五〇〇が該当しない課においては現行より一割程度下げた換算数を内容とし、それぞれ該当課で確認事項(七)に関連して課長と支部執行委員が話し合いの上決定するとの確認がなされたこと、六月二二日の確認成立後、振替課の業務が振替課長と支部執行委員との話し合い若しくは交渉によつて運営されていたことは否認し、その余の事実は認める。

(5)、同4の事実中、当局が昭和三五年七月の人事異動後、六月二二日の確認事項に基づく労働システム、労働慣行の打破を目論んだこと、一一月八日の確認事項により六月二二日の確認事項に基づく労働システムが団交、小委員会の結論がでるまでは有効であることを裏付けたものであること、六月二二日および一一月八日の各確認事項が労働慣行として職場内に確立されたことは否認し、その余の事実は認める。

(6)、同5の事実中、六月二二日の確認成立後、振替課において同確認事項(七)に基づいて振替課長と同課担当の支部執行委員との話し合いによつて日々の払込書処理枚数を決めることとなつたこと、この取扱が一一月八日の確認事項によつて再確認されたことは否認し、その余の事実は認める。

(7)、同6の事実中、当局が昭和三六年三月一七日支部に対し、六月二二日および一一月八日の各確認事項を破棄する旨通告したこと、同年三月九日以降郵政監察官を京都地方貯金局に臨局させたことは認めるが、その余の事実は否認する。

2  反論

(1)、昭和三五年春斗において、支部は全逓の春斗方針および支部独自の「非常勤職員の本務化」、「欠員の後補充」などを要求して昭和三四年年末斗争に引き続き「担務変更拒否」等の斗争戦術を強力に実践した。「担務の変更」とは、職員に指定されている職場の配置(京都地方貯金局の場合は、「係」単位まで指定されている)を変更しないで、臨時的に繁忙な業務の処理等のため職員に他の事務を担当させることを指称するのであるが、この担務の変更は、職員の就業上の義務とされ、その命令権は所属長に委ねられているものである(昭和三六年二月二〇日公達第一六号郵政省就業規則第一〇条、昭和二四年九月五日公達第三九号郵政省就業規則第七条第三〇号)。しかし支部は、右本来の意味における担務の変更はもとより、「係」より下位の段階で、本来業務の繁閑に応じ職員の相互応援によつて業務の処理が図られるよう弾力的な要員配置がなされている「係」内における「班」相互間の臨時的事務応援も担務の変更に該当するとして(昭和三四年年末斗争以前においては、当然のこととして何ら異議なく行われていた)、これを拒否するよう指導し、組合員をして実践せしめた。当時支部の実施した担務変更拒否戦術は、「担務変更の業務命令が発令された場合でも、これを無視してあくまでも平常業務を続け、平常業務の続行が不可能となつたときは、休暇請求を行なうと同時に帰宅する」という極めて激烈な戦術(担務変更拒否A号戦術)であつたため、管理者は「班」相互間の事務応援でさえ業務命令を発して担務変更に応じさせることができなかつた。このため、春期における時期的な業務繁忙という要因も加わつて業務に尨大な処理未済の滞留を生ずることとなり、昭和三五年四月上旬頃には、その未処理物数は約六〇万枚に達した。京都地方貯金局における当時の欠員は約一〇名以内にすぎず、当時採用されていた常勤的な非常勤職員を加えれば、むしろ定員を若干上回つていたもので、実質的には要員不足は生じていない状態にあつたものであるから、前記業務の停滞は要員の絶対数の不足に因るものではなかつた。

(2) 支部は尨大な量にのぼる滞留を背景として、年次決算期に伴う業務量の増加および事務取扱手続の複雑化、さらに滞留物の処理に伴う労働密度を緩和するためと称して、京都地方貯金局の貯金課(第一貯金課から第六貯金課)の原簿係常務班の一人一日処理換算数五五九を四〇〇に引き下げるよう強く要求した。換算数とは、当局が業務量に見合う適正な要員配置を行うための尺度とするため、貯金課原簿係常務班で処理すべき諸種の業務を全国的平均的処理能率に基づき、職員一人の一日当りの平均的業務処理量を点数に換算した数値、換言すれば職員一人の一日当りの業務処理量の目安である。したがつて、日日の業務量の多寡により或は職員個々人の能率差により、日々の業務処理量と右換算数との間に変動格差の生ずることは当然の前提とされているものであるが、支部はこの換算数は職員が一日において処理すべき最高の業務量、すなわちノルマと受け取り、これを引下げることが支部においてかねて要求する増員斗争に直結するとの認識の下に、その引下げ方を強力に要求した。これに対して当局は、前記のような換算数の趣旨、目的からみて換算数の変更は全く意味のないこと、職員は国家公務員として勤務時間中職務に専念すべきこととされていることに鑑みて一定のノルマを設定するような一種の請負的性格を導入することは許されないこと等を説明して支部の飜意を促したが、支部はこれを了解せず、却つて前記滞留の解消に協力しないこと等の威圧を加えてその要求の実現を迫つた。そこで当局は、昭和三四年年末斗争および昭和三五年春斗で示された支部の斗争の再現により更に滞留物数の増加する虞のあること、および業務の滞留のため平常時に比して事務取扱が若干複雑化する点をも考慮し、昭和三五年四月上旬頃、同月中の負担過重を援和することなどのため、換算数の当面一五パーセント程度引き下げて四八六とすることに同意した。しかし支部は、右換算数の引下を契機として、換算数は職員の一日当りのノルマであり、これ以上の業務処理は行う必要のないことを組合員に強力に指導したため、業務の滞留は益々増加するに至つた。そこで滞留解消について再び労使間で話し合いが行われた結果、同年五月四日、(イ)、平常時に各課において係相互間又は班相互間の担務を変更する場合には、各課長又は局側はあらかじめ当該課担当執行委員又は支部に連絡する、(ロ)、換算数は同年五月二〇日までは五二五とし、以後は五五九に戻す、ことなどについて労使間の合意がなり、前記の滞留の解消について支部の協力が約された。

右の労使間の話し合いにより、一時的に支部の協力が得られ、当局も非常勤職員二九名を動員して滞留の解消に当つたため、業務の遅滞も徐々に回復に向つたが、同年六月に至り、郵政省と全逓本部との間において夏期手当の妥結を機に「時間外労働および休日労働に関する協約」が締結され、全逓本部はその下部組織に対し、時間外労働協定の締結方を指令したが、支部は安保斗争の取組を強化するため「要員が不足して労働強化となつているので要員獲得斗争を引き続き実施する」として時間外労働協定の締結に応ぜず、併せて担務変更拒否A号戦術を重ねて実施したので、滞留物数は再び増加し、最高約六〇万枚に達するに至つた。このような情勢の中で、当局は時間外労働協定の締結など遅滞解消策について協力方を申し入れたが、支部は全般的妥結条件を提示し、その解決を条件とすることを固執したため、同年六月二二日当局から支部要求に対する回答という形式で原告ら主張の一〇項目に亘る確認が成立したものである。

(3) 右の労使間の確認により、業務の滞留は一時的に解消の兆をみせたが、支部が換算数五〇〇はノルマであり、担務変更は前記確認事項によれば事前通知で足りるにも拘わらず現実には支部の了解のない限り担務変更は行なえないとして拒否したこと、或は前記確認に基づく換算数についての専門委員会開設の当局側申入にも応じなかつたことから、業務量の波動的な増加に即応することができなくなり、貯金課関係の業務において慢性的な滞留を生じる状態となつた。そこで当局は支部に対し、前記確認事項の換算数の再検討方を強く要望したが、支部は「非常勤職員の本務化」、「滞貨に見合う人員配置」などを要求し、話し合いの進展を見るに至らなかつたので、一先ず換算数問題を棚上げし、当時生じていた当局の滞貨約二四万枚の処理方法について話し合いをした結果、同年一一月八日原告ら主張の六項目に亘る確認が成立し、時間外労働協定が締結され、滞貨の処理が図られることとされた。

(4) 前記六月二二日および一一月八日の確認は、前記のとおり、支部が全逓本部の斗争方針に従い或いは自らの職場斗争の手段として、時間外労働協定拒否、担務変更拒否、時間外労働協定下における時間外労働の拒否などの戦術を行使したこと、もしくは換算数はノルマであり、それ以上の仕事をしないよう組合員を指導し実行せしめたことが主たる原因となつて生じた業務の滞留の解決策をめぐつて労使間で話し合いがなされた結果、当局側は業務運営の責任者として早期に滞留の解消をしなければならない必要に迫られていたという弱みがあつたため、本来支部との間に確認してはならない管理運営事項或いは権限外事項についてまでも止むなく合意し、確認するに至つたものである。しかし当局としては前述の確認の経緯およびその内容の如何に拘らず、本件紛争の発生に至るまで右確認事項については誠実に遵守し、円満な労使関係の処理を図つて来た。しかるに支部は、後記のとおり、右確認事項の内容を超えた要求を実現するため、自ら右確認事項に違背し本件紛争を惹起するに至つたので、当局は郵政省の指導に基づき昭和三六年三月一一日支部に対し、「今後の業務運行については当局の管理運営権に基づき運行していく」旨を口頭で通告し、更に同月一七日「管理運営事項または権限外事項にわたるものについては当然無効である」旨支部に通告した。

(5) 六月二二日および一一月八日の確認は、既に述べたとおり、その当事生じていた事務の滞留の解消策についての労使間の話し合いの結果なされたという実情を反映して、その確認事項は換算数の問題など当時業務の遅滞を生じていた貯金課関係業務についての確認が中心となつており、当時振替課には業務の滞留が生じていなかつたことから、同課の業務関係については業務の遅滞を生じた場合を想定して一項目(六月二二日の確認事項(七))についてのみ確認がなされたものである。したがつて右確認事項(七)の趣旨は、その文言からみても明らかなとおり、業務の遅滞解消に関する合意であり、日常の処理物数を振替課課長と同課担当執行委員との話合の上決めるべきことを義務づけたものではない。

ところで当局は、右確認後本件紛争の発生に至るまで、右確認の趣旨に徴し、振替課の業務繁忙に対処するための非常勤職員(学生アルバイトなど)の採用計画等については、あらかじめ支部に通知し説明を行つてきたものであるが、これに対し支部は、前記確認事項に盛られている如く、繁忙業務の処理を非常勤職員の採用によつて行なうことを自ら推進しているという事情もあつて(一一月八日確認事項(四))、昭和三五年七月、同年一一月および昭和三六年一月の三回に亘り非常勤職員を採用した際には、支部は当局の説明に対し何ら反対の態度を表明しなかつた。他方、振替課の日常業務の処理物数の決め方については、原告ら主張のように、昭和三五年一月当局、支部、事務担当者の三者構成による機械化対策委員会において平日は五、〇〇〇枚(ただし昭和三六年二月常勤的な非常勤職員一〇名を採用したことにより五、三〇〇枚に変更)、土曜日は一、七〇〇枚を基準とする旨の決定がなされた関係上、日々の処理枚数を何枚にするかということを振替課長倉本時男と同課担当の執行委員である原告奥田との間で話し合いの上で決める必要は全くなく、また、この点について支部から何らの要求もなされなかつたのである。したがつて平常の場合には、振替課長が前記基準処理枚数の範囲内で当日の業務量と出勤人員とを勘案して処理物数を決め、課長代理もしくは担当の係長を通じて課員に対し処理を命ずるのが常態であつたが、たまたま欠務者が多く執行委員からその旨の申出があつた場合には、課員の業務処理を中断しないで、振替課長が執行委員の意見を聞いて処理物数を変更することがあつたものであり、また業務繁忙時で非常勤職員を採用しているようなときに、非常勤職員の業務処理量に相当する分だけ処理枚数を増加する場合には、あらかじめ振替課長から同課担当の執行委員に対し当局の処理予定枚数を説明し、その意見を徴して処理枚数を決めていたものである。右いずれの場合においても、当時支部が繁忙時の業務処理を非常勤職員によつて行なうことを積極的に推進していたことと、当局が職員の業務処理能率を正確に把握して労働密度が高くならないよう配慮して処理物数を決めていたことなどのため、本件紛争の発生以前においては、振替課長と同課担当の執行委員との話し合いは極めて簡単かつ平穏に行なわれ、特段の問題を生じたことはなかつた。前記昭和三五年七月および同年一二月における非常勤職員採用の場合には、非常勤職員に、職員が行つている作業工程のうち払込書在中の封筒の開被、局別検算(検収)および番号順整理の作業を行なわせ、これに見合う分として職員の処理物数を前記の基準処理枚数より約一、〇〇〇枚から三、〇〇〇枚多い約六、〇〇〇枚ないし八、〇〇〇枚に増加して処理を行なつた事例があつたが、平常の基準処理枚数の処理の場合に比べ、むしろ労働密度が低下することもあつて、支部は何ら異議なく当局の業務計画に応じていたもので、業務繁忙時における非常勤職員の採用による業務運営は極めて円滑に行われてきた。

(6) しかるところ、昭和三六年二月に至り、季節的な業務繁忙により振替課の業務に遅滞を生ずることとなり、その業務の特殊性から他の貯金課関係業務に比べ特に急速処理を要するため、当局は遅滞業務の処理を職員の超過勤務により行なう計画を立て(当時は時間外労働協定が締結されていた)、支部に対しその説明を行ない協力方を再三に亘つて要請したが、支部は遅滞業務は当局の責任において処理すべきであり、超過勤務には応じられない旨表明して超過勤務に応じなかつた。そればかりでなく、当局は同月末日まで再三支部に対し、同年三月以降の最繁忙時における非常勤職員の採用計画について説明し、その協力方を要請したのに対し、支部は従来の態度を急変し、「受入数量を処理できないのは定員不足によるものであり、最繁忙時といえど本務者により処理できるよう定員を増加すべきである。」、「右のような抜本的対策を立てることなく三月に非常勤職員を採用しても、支部はその効果をなからしめる方針である。」旨言明し、当局側の協力要請に全く応じようとしなかつた。同年三月に入り、受入物数が増加し業務の遅滞が益々激しくなつたが、前記のとおり支部の協力が得られないため、三月四日、五日の土曜日と日曜日の両日に亘り当局は管理職員のみを動員して遅滞業務の処理を行なうとともに、同月六日支部に対し、同月七日から非常勤職員(学生アルバイト)一五名を採用する旨連絡した。これに対し支部は、同日、「前記管理職員による遅滞業務の処理は悪質な挑戦的組織切りくずし行為であり、今後において起る一切の問題は官側の責任である」旨の通告書を当局に提出するとともに、京都地方貯金局には全くの権限のない賃金引上げ、I・L・O条約の批准等の要求に対し三月八日までに文書をもつて回答すべき旨の要求書を提出した。同月七日、倉本振替課長は同課担当の執行委員である原告奥田に対しても、非常勤職員の採用に見合う職員の処理業務量の増加について従来どおりの支部の協力方を要請したが、支部は前記支部要求に対する回答と最繁忙時の業務量に見合う定員増加の要求を固執して、当局の協力要請に応じなかつた。そして原告らを含む支部執行部役員らは同月八日前記(三)2の(2)で述べたとおりの非違行為に及び、実力をもつて業務妨害を行うに至つたものである。

右の如き事態に立ち至つたため、非常勤職員採用時における処理枚数の増加についての倉本振替課長と原告奥田との話し合いは全く不能となつたのであるが、当局側としては、業務の遅滞を一日も早く解消すべく、三月七日から非常勤職員(学生アルバイト)一五名を採用して業務運営に当ることとなつたところ、支部側の主張するように非常勤職員の処理にかかわりなく平常の基準処理枚数だけの処理を行なうことは到底承服できないところであるので、当局は止むなく前記基準処理枚数の決定の趣旨および前年における非常勤職員採用の際の処理枚数などを勘案の上、三月九日以降は当局の業務運営権に基づき処理枚数を決めて職員にその処理を命じたものであるが、職員の労働密度が過重とならないよう十分の配慮がなされていたものである。

以上述べたことから明らかなとおり、本件紛争は、かねて支部が要求していた定員増員獲得要求の実現を図るため昭和三六年春斗期間中の戦術の一環として実施した業務妨害に端を発するものである。

四  証拠〈省略〉

理由

第一  原告らは、いずれも京都地方貯金局に勤務する郵政省職員であつたところ、被告が原告らを昭和三六年三月二四日付でいずれも懲戒免職処分に付したことは当事者間に争いがない。

第二  主位的請求について

一  本案前の主張について

先ず、被告主張の本案前の抗弁について判断する。

原告らが人事院に対し本件免職処分について審査請求をしていないことは、原告らの認めて争わないところである。

しかして、本件免職処分当時施行されていた昭和三七年法律第一六一号による改正前の国家公務員法第九〇条によれば、一般職に属する国家公務員に対する懲戒処分に対しては人事院に対し審査請求をすることができるものとされていたのであるから、当時施行されていた行特法第二条により、右処分の取消しを求める訴は、人事院に対する審査請求を経た後でなければこれを提起することができないことは明かである。

原告らは本件免職処分について公労委に対し、不当労働行為の救済申立をしたものであるから、右救済申立は行特法にいう訴願に該当し、従つて訴願不経由の違法はない旨主張する。しかしながら、本件免職処分について、その処分事由の存否ないし処分の当否を再審査する権限を有する行政庁は人事院であり、公労委は右処分が不当労働行為にあたるか否かを審査し、行政上の救済を与える権限を有する行政庁であるに止まるから、仮りに原告らが本件免職処分について、公労委に対し不当労働行為の救済申立をしたにしても、これをもつて行特法にいう訴願を経たものとすることはできないものというべきである。また、原告らは本件免職処分について人事院に対する審査請求を経ないで処分取消訴訟を提起したことについては、正当な事由がある旨を主張するけれども原告ら主張のような事情があるからといつて行特法第二条但書にいう訴願の裁決を経ないで出訴したことについて正当な事由があるものとは解し難い。

しかしながら、本件免職処分当時施行されていた昭和三七年法律第一六一号による改正前の公労法第四〇条第三項には、「国家公務員法第九十条から第九十二条までの規定は、第二条第一項第二号の企業及び同条第二項第二号の職員に係る処分であつて、労働組合法第七条各号に該当するものについては適用しない。」と規定されて居り、この規定の趣旨は、公労法第二条第二項第二号に掲げる一般職に属する国家公務員(以下この項において単に職員という)に関する労働組合並びに労働関係およびその調整については、同法並びに労働組合法の規定の適用がある関係から(公労法第三条)、職員に係る処分で不当労働行為に該るものの行政上の救済は、労働関係の処理にあたる公労委に委ね、人事院には行わしめないことを定めたものと解するを相当とするから、本件処分当時において、職員はその受けたる懲戒処分につき不当労働行為を不服の事由として人事院に対し審査の請求をすることは法律上許されなかつたものであるというべきである。

原告らは、京都地方貯金局に勤務する郵政省職員であつたのであるから、公労法第二条第二項第二号に掲げる職員であつたことは明らかである。従つて原告らは、本件免職処分について不当労働行為を不服の事由として人事院に対し審査請求をすることは、法律上許されなかつたものであることは前記説示のとおりであるから、原告らが不当労働行為を取消事由として本件免職処分の取消訴訟を提起して司法上の救済を求める場合には行特法第二条の規定の適用はなく、直ちに出訴し得るものというべきである。それ故、原告らが不当労働行為を本件免職処分の取消事由として主張している本件においては、被告の本案前の抗弁は失当にして採用できない。

二  本案について

(一)  抗告訴訟における不当労働行為主張の適否

被告は現業の国家公務員に対する懲戒処分の取消しを求める訴訟においては、不当労働行為を違法事由として主張することは許されない旨主張する。

現業の国家公務員に対する懲戒処分が不当労働行為に該当する場合には公労委に対し救済申立をすることができ、かつ公労委の命令に不服があるときは該命令の取消しを求める抗告訴訟を提起し得ることは、公労法第二五条の五第二項、労働組合法第二七条第一一項の各規定上明らかである。しかしながら公労委に対して救済申立をすることができ、公労委の命令に不服がある場合には右命令の取消訴訟を提起し得るからといつて、そのことを理由に不当労働行為にあたる懲戒処分の取消しを求める抗告訴訟を提起できないものと解することは相当でなく、これを禁止する法律の規定は存しない。従つて、本件免職処分の取消しを求める請求において、不当労働行為を違法事由として主張することは許されると解すべきであり、これと異る見解に立つ被告の主張はとうてい採用できない。

(二)  不当労働行為の成否について。

1 原告らが、いずれも郵政省職員をもつて組織する全逓の組合員であり、本件免職処分当時全逓京都地方貯金局支部の役員で、原告岸が支部長、原告渡辺が副支部長、原告高山が書記長、原告奥田が執行委員の役職にあつたことは当事者間に争いがなく、証人泉弘(第一、三回)、下村義美の各証言および原告岸正英本人(第一回)尋問の結果によれば、全逓が昭和三三年七月被解雇者職員を本部委員長を含む幹部役員に選出したため、合法組合ではないとして郵政省当局との団交を一切拒否されるに至つてからは、支部は全逓本部の指示に基づき、貯金局との間で支部交渉を行い、支部所属組合員の労働条件の確保を計つて来たが、原告らは支部の役員として支部の活動方針の立案、指導を行うなど活溌な活動をしていたことを認めることができる。

2 原告岸本人尋問の結果(第二回)によれば、昭和三五年七月以降において宝来次長は支部との団交の席上または支部組合員との話合いの席上、「支部の活動を世間並(他の地方貯金局支部並)にしたらどうか」などと述べ、支部の活動は行き過ぎである旨を仄めかしたことを認め得る。

3 局側と支部との間に、後記六月二二日の確認事項第五項に定める専門委員会が昭和三六年二月九日まで開かれず、後記一一月八日の確認事項第一項(イ)に関する話合いが行われたことがなく、また同項(ロ)に定める換算数についての小委員会が昭和三六年二月に一度開かれたに止まつたことは、いずれも当事者間に争がない。

4 昭和三六年三月九日から同月一八日までの間に、本省係官および監察官ら延七〇数名が京都地方貯金局に帰局したことは当事者間に争がなく、原告岸本人尋問の結果(第二回)によれば、同年一月頃郵政省の梶山労働係官が京都地方貯金局に出張し局側管理者を指導したことを認め得る。

5 当局が昭和三六年三月一七日支部に対し、当局と支部との間に取り交わされた文書中、管理運営事項または権限外事項にわたるものは無効であるとして、これを破棄する旨を通告し、後記六月二二日および一一月八日の各確認事項を破棄したことは、当事者間に争がない。

6 局側が職制を他の地方貯金局へ出張させ、その職場の実態を支部組合員に伝え、原告らの支部における組合活動を批判し、「支部は青年内閣だ」と呼んで、暗に原告らの組合活動は跳ね上りだとの印象を与えるよう努めたとの原告らの主張事実については、これを認めるに足る証拠はない。

しかしながら、前記2の宝来次長の発言、前記3認定の専門委員会が昭和三六年二月九日まで開かれず、また一一月八日の確認事項第一項(イ)に関する話合いが行われず、また同項(ロ)に定める換算数についての小委員会が同年二月に一度開かれたに止まつたこと、前記4認定の梶山労働係官が京都地方貯金局に出張し、局側管理者を指導したこと、並びに昭和三六年三月九日から同月一八日までの間、本省係官、監察官ら延べ七〇数名が臨局したこと、前記5認定の局側が破棄通告したことが、仮りに原告ら主張のとおり、原告らの組合活動を嫌悪する局側の反組合的意図に基づくものであつたとしても、右事実だけから直ちに本件免職処分が原告らの正当な組合活動を嫌悪し、支部の弱体化を意図してなされたものと推認することは相当ではなく、他に本件免職処分が右の如き意図に基づいてなされたものであることを認めるに足りる証拠はない。却つて、成立に争のない乙第一ないし第四号証の各一、二の各記載と後記認定の原告らの非違行為の態容とを勘案すれば、本件免職処分は原告らの右非違行為を理由としてなされたものであつて、原告ら主張の如き反組合的意図に基づくものでないことを窺うに十分である。

従つて、本件免職処分が不当労働行為に該るとする原告らの主張は採用することはできない。

(三)  原告らは本件免職処分には、処分事由の不存在および懲戒権濫用の各違法が存する旨主張するけれども、本件免職処分につき不当労働行為以外の違法事由が存した場合には、原告らはこれを不服の事由として人事院に対し審査の請求をすることができたことは国公法第九〇条、公労法第四〇条第三項の各規定上明らかであるから、原告らにおいて人事院に対する審査の請求を経ていない本件においては、原告らは不当労働行為以外の違法事由の存することを捉えてこれを本件免職処分の取消事由として主張することは許されないものと解すべく、したがつて処分事由の存否および懲戒権濫用の有無についての判断をなすまでもなく、原告らの右各主張は採用の限りでない。

(四)  以上のとおり、本件免職処分は不当労働行為に該らないから、そのこれあることを理由としてその取消を求める原告らの主位的請求はいずれも理由がないというべきである。

第三  予備的請求について

(一)  本件に至る経緯

1  京都地方貯金局においては、昭和二九年の定員法改正以来、その定員は大巾に削減され、昭和三四年以来、定員八一六名のところ八〇〇名ないし八〇三名の現在員という欠員状況の下に業務の運行がなされてきた。貯金局の業務の特殊性から日締計算処理の原則(その日の仕事はその日に処理するという建前)が採られていた関係から、屡々職員に担務の変更が命じられ、支部は常にこれに反対すると共に、定員の欠員補充を要求し来つたが、当局は非常勤職員の採用などで処理してきた。昭和三四年年末斗争に当り、支部は定員の欠員補充、担務の明確化、担当業務の確立(無差別無制限な業務の兼任担当、担務の変更を排除し、担務の明確となつた作業を長期安定固定して執務させる)などを要求したのに対し、当局は欠員補充につき欠員一四名については積極的に補充するよう努力する旨回答した。昭和三五年春斗において、支部は全逓の斗争目標と結合して支部独自の職場要求を掲げて斗争を組織し、三四年年末斗争と同じく、担務の明確化、担当業務の確立などを要求し、取扱規定どおりの作業を行なう斗争を展開したため、京都地方貯金局においては事務繁忙期(三月下旬から五月上旬まで)によるものを含めて大量の滞貨を生じ、その滞貨の量は五月上旬において約二週間分に達するに至つた。そこで支部は、右のような滞貨を背景として斗争体制を更に強化し、要員問題の解決を図ろうとしたところ、当局は課内における配置転換等の措置を打ち出してきた。この当局の措置について交渉中、当局は支部の要求に対し、(イ)担務の変更は支部と話し合いの上で行なう、(ロ)、換算数(一日処理物数の算出基準)は現行の五五九を昭和三五年五月二〇日まで五二五とする、(ハ)、配置転換の内命は、できる限り早い目にする、(二)、要員確保については転勤二ないし三名、非常勤四ないし五名採用し、今後さらに努力することなどを確約した。しかるところ、当局は滞貨処理のためとして課外からの配置転換案を提示するに至つたので、支部は同年五月一九日京都地方貯金局局長と要員対策について交渉した結果、当局は寺島次長を郵政省に派遣したが、見るべき効果はなかつたため、支部は更に戦術を強化して斗争を強力に展開した。その結果、全逓本部と郵政省当局との間に、(1)、七月一日付で臨時補充員五名を入れる、(2)、高齢者退職の欠員補充の際、京都地方貯金局は特に考慮する、(3)、滞貨物処理については更に超勤原資を確保して非常勤賃金に充当する、以上三項目について確認がなされた。支部は、この三項目に加えて要員問題に関連する諸要求を掲げて当局と交渉を重ねた結果、同年六月二二日支部と当局との間に次の一〇項目からなる確認が成立し、議事録の別紙として確認書が作成され、二ケ月半に亘る昭和三五年春斗は妥結を見た。

(一)、担務の明確化については、さきの確認事項を再確認する。

(二)、今回の斗争処分については、処分しないということは言えないが、局長が本省へ働きかける。

(三)、非常勤者二四名は年度内確保する。またその内容向上(本務者採用等)にも努力する。

(四)、遅滞回復は七月二〇日を目標とする。回復計画に伴う月次決算の遅滞は官の責任において適当な手段を講じるが、労働強化は行わない。

(五)、遅滞回復期間中の換算数は五〇〇とし、換算数の再調査および検討については、官・組による専門委員会をもち、遅滞回復期日を目途として再調査を行なう。なお双方の人選は事務当局で協議する。

(六)、要員の適正配置は、遅滞回復後、配転転換者を含めた中で一斉に実施する。

(七)、七貯、振替の遅滞については、課内において課長と執行委員が話し合つて善処する。

(八)、今後の自然退職の補充については、転入者の受入に努めるほか、根本的な解決のためにも、できるだけ努力を行なう。

(九)、短期非常勤の固定については、配置転換に当つて本務者と同じ考え方で措置する。

(一〇)、非常勤の細部の労働条件については改善に努力する。

昭和三五年春斗終了後、京都地方貯金局における滞貨は一時的に解消の兆を見るに至つたが、間もなく滞貨は漸増するに至つたところ、当局は右滞貨漸増の原因は要員不足にあるのではなく、現行の労働システムにあるとなし、滞貨漸増の原因は要員不足にあるとする支部の見解と対立するに至つた。右の如く滞貨の漸増により六月二二日の確認事項についての当局側と支部側の認識の不統一が現実化したため、昭和三五年一一月八日(当時年末斗争中)当局と支部との間に交渉が持たれ、次の六項目が議事録確認事項として確認されるに至つた。

(一)、現行システムについては、別に団交または小委員会で結論を求める。したがつて現行システムの当否については棚上げする。

(イ)、団交においては現行システム(春斗確認事項)の認識の相違点について官より提示の上、解釈を統一する。

(ロ)、小委員会においては換算数の検討を行なう。

(二)、現在雇傭中の一五名の非常勤者については、昭和三六年四月一日以降なお継続雇用するよう努力する。

(三)、この非常勤の本務化については、当局管理者として回答できないが、現在まで本務化されてきたような形での努力を行なう。

(四)、最近の遅滞事務および年末年首の事務繁忙対策について、官の措置としてできるだけ多くの非常勤を雇用する。

(五)、一月中旬以降における業務運行については、要員対策等を含め、官の責任において考慮して行く。

(六)、年休、特休、産前産後休暇の後補充については、本省へ向け努力を行なう。

しかし、昭和三六年春斗に至るまでの間、右確認事項(一)の(イ)については交渉は一回も開かれず、(ロ)の小委員会については昭和三六年二月初めに一回開かれたのみで、しかも当局側から定員算出基準の説明があつたにすぎない。

2 昭和三三年二月全逓本部と郵政省との間に計算機の導入に関し、「計算機は試験的に使用する。計算機導入に伴う諸問題は両者誠意を以て善処する。」との確認が成立し、右確認の下に東京貯金局において振替会計機の試用がなされたところ、昭和三四年三月に至り、郵政省から全逓本部並びに支部に対し、京都地方貯金局における事務合理化のために同局に振替会計機を設置したい旨の申入があり、右振替会計機の導入に関して支部と当局との交渉の結果、(イ)、機械化対策委員会を設け振替会計機使用に関する一切の問題を協議する、(ロ)、協議が成立したものについては本部・本省間の確認に基づき両者誠意を以て対処する、(ハ)、対策委員会は執行部三名、振替貯金課員三名、当局側三名で構成し、時間中に問題があるごとに開催する、なお必要あるときはオブザーバーの出席を要請する、との確認が成立し、支部は振替会計機の試験使用の申入に応じた。その後、昭和三五年二月二五日全逓本部と郵政省との間に振替会計機の導入に関し(1)、労働条件は現在より下廻らないようにする、(2)、強制配置転換は行わない、(3)、人員整理は行わない、などの確認がなされた。

しかして、京都地方貯金局においては、前記(イ)の確認事項に基づいて機械化対策委員会が設けられ、昭和三五年一月右委員会は、振替会計機の能力、職員の出勤日数などを勘案した上、振替貯金課職員の振替貯金払込書の処理枚数を平日は五、〇〇〇枚、土曜日は一、七〇〇枚と決定し、当局および支部の双方において右決定を確認した。爾来、振替貯金課においては、右処理枚数を基準として業務の運行がなされ、事務繁忙期には超過勤務、非常勤職員の採用などで処理されて来た。

以上1および2の各事実は当事者間に争がない。

成立に争いのない甲第一、第二号証、第五、第六号証、第一〇、第一一号証の各記載、証人泉弘、浜松貞次(いずれも第一回)の各証言により成立を認めうる甲第七号証、証人平野正義、中野清次(第一、二回)、倉本時男、中村義雄、植木文雄(第二回)、幡勉(第一、二回)、泉弘(第一ないし第四回)、浜松貞次(第一、二回)、介田方正(第二回)、長崎郁夫、松尾満、高橋邦夫、井垣新一、新井善久、末永浩の各証言および原告岸正英(第一ないし第三回)、同高山宏、同奥田不美男(いずれも第一、二回)各本人尋問の結果を総合すると、次の各事実を認めることができ、原告岸正英(第一、二回)、同奥田不美男各本人(第一、二回)尋問結果中右認定に牴触する部分は採用しないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3 京都地方貯金局においては昭和三四年以来、前示の如き欠員があつたけれども、当時採用の常勤的な非常勤職員を加えると、むしろ定員数を若干上回る程度の要員が確保されていたものであるところ、支部は、昭和三五年の春斗において、全逓の斗争方針と結合して、京都地方貯金局においては、要員の絶対数が不足であるとし、支部独自の立場から担務の明確化、担当業務の確立の要求のほか「欠員の後補充」、「非常勤職員の本務化」等を要求して三四年年末斗争に引き続いて担務変更拒否などの斗争を行なつた。京都地方貯金局においては、職員はそれぞれ「係」単位までの職場の配置が指定されていたが、業務の繁閑に即応するため、「係」の配置を換えないまま職員をして事務繁忙を来たしている他の「係」の事務を臨時的に担当させる措置が従来から行われて来ており、このような措置を「担務の変更」と称していたのであるが、前記支部のとつた担務変更拒否斗争などにおいては、支部は「係」内の「班」相互間における臨時の事務応援をも担務の変更に該るとして組合員にこれを拒否するよう指導し且つ実践せしめたほか、時間外労働拒否の戦術を行つたため、前示の如く春期における時期的な事務繁忙の要因も加つて大量の滞貨が生じ、特に貯金課においては昭和三五年四月上旬頃には未処理物数は約六〇万枚に達するに至つた。支部は、このような尨大な滞貨を背景に貯金課(第一貯金課から第六貯金課)の原簿係常務班の一人一日の換算数を従前の五五九から四〇〇に引き下げることを要求し、同年五月上旬頃局側と支部との間に前記換算数を一五パーセント程度引き下げて四八六とすることの合意がなされ、次いで同年五月四日頃には、前示の如く五月二〇日までは換算数を五二五とする旨の合意がなされた。

換算数五五九は、郵政省が地方貯金局について業務量に見合う適正な要員配置を行う尺度とするため、普通貯金課の原簿係常務班で処理する各種の事務を、全国的平均処理能率に基づき、職員一人の一日当りの平均業務処理量を点数に換算したものであるが、右の如く換算数を四八六または五二五に引き下げることを局側において同意したのは、平常時であれば業務量に多少の起伏があるにしても概して換算数五五九の基準に満たない日も多々あつて常務班の職員の労働密度は平均的には緩和される状態にあるに拘らず、前記の如き滞貨の状況にある場合には換算数五五九の基準に満ちた業務量の日が連続し平常時に比して総体的に労働密度が高くなることから、年次決算期に伴う業務量の増加および事務手続の複雑化の点をも考慮したことによるものであつて、前記五月四日頃なされた換算数引下げの合意に当つては五月二一日以降は従前の換算数五五九に戻すべきことが約定されていた。また、前示六月二二日の確認は、当時の異常な業務遅滞(当時貯金課の未処理物数は約六〇万枚数に達していた)を同年七月二〇日を目標に解消するための当面の方策として協定されたものであるが、右確認において遅滞回復期間中の換算数を五〇〇としたのも、前同様の趣旨からであり、遅滞回復期間後においては従前の換算数五五九に戻すとの了解の下になされた。右六月二二日の確認後、貯金課における業務は換算数五〇〇を基にして運行されてきたところ、支部は換算数五〇〇は職員一人の一日当りのノルマであり、職員が現実に処理すべき事務量は右換算数を限度とすべきであるとの態度を採つたことなどのため、遅滞回復の目標とせられた同年七月二〇日を過ぎても業務の遅滞は容易に解消されなかつた。そこで局側は、業務遅滞の解消が遅々として進捗しないのは、右の如く支部において換算数五〇〇を職員の一日当りのノルマであるとしていることによるものとの前提の下に、本来の換算数五五九に復して遅滞の解消を期す要ありと考え、屡々支部との間に換算数五五九への復元について交渉したが、支部において遅滞解消の進まないのは要員の不足にあるとして換算数の復元に応じなかつたため、局側は止むなく前示一一月八日の確認に応じた。

4 貯金局振替貯金課(以下単に「振替課」という。)においては、前示の如く局側、支部、振替課職員の三者構成による機械化対策委員会が昭和三五年一月振替貯金払込書の処理枚数を平日五、〇〇〇枚、土曜日一、七〇〇枚と決定して以来、右処理枚数を基準として業務の運行がなされ、事務繁忙期には超過勤務、非常勤職員の採用などで処理されて来たところ、右委員会は、その後、振替課に常勤的な非常勤職員一〇名が採用されたことなどを考慮に入れ昭和三六年二月に至り平日における払込書処理枚数を五、三〇〇枚に改定することを決定したのに伴い、爾来、平日は五、三〇〇枚、土曜日は一、七〇〇枚を基準として業務が運行されるに至つた。

振替課における払込書の処理は、平常の場合、振替課長が前記委員会の決定した処理枚数を基準にし、当日の受入業務量と出勤人員とを勘案し、職員の労働密度が過重にならないようにして当日の処理枚数を決め、処理を命じていた。しかし、欠勤者が五、六名にも及ぶような時は、右基準どおりの作業を行うにおいては職員の負担過重をきたす虞があるので、欠勤者の多い日の処理枚数を決めるにあたつては、振替課長の決定した予定処理枚数につき、同課担当の執行委員から申出のあつた場合は、両者話し合いの上、振替課長において右執行委員の意見を徴して処理枚数を決めていた。(なお、欠勤者がない場合および処理枚数が前記基準枚数を超えない場合でも、同課長は執行委員に対し当日の処理枚数は告げていた。)。しかして、右話合いは、当日の処理枚数が前記基準に照らして職員に労働密度の過重を及ぼさないようにしようとするものであり、かつ、処理枚数を決めるには前記基準枚数が当然の前提となつていたため、きわめて短時間でスムーズに行われて居り、とくに問題を生じるようなことはなかつた。

また、業務繁忙期における遅滞業務の処理に当つては学生アルバイトなどの非常勤職員を採用し、振替課職員が行う作業工程のうち、比較的容易な払込書の開封、検収等の作業に従事させ、振替課職員にはそれ以降の作業工程を行なわせていたが、このような場合、同課職員が行なう処理枚数は、振替課長が同課担当の執行委員と話合いをし、その意見を徴して非常勤職員の取扱量に見合う分だけ前記基準処理枚数よりも増量した枚数の処理を命じていた。すなわち、振替課長は、予定処理枚数をあらかじめ執行委員に対して説明し、その意見を徴したうえ、当日の処理枚数を決めていたが、これについては前同様に職員の労働密度が過重にならないように前記基準処理枚数を基準にして居り、特に問題の生じるようなことはなかつた。例えば、昭和三五年七月および一二月に非常勤職員を採用した際には、同課職員の処理枚数は右非常勤職員の作業量に応じ、これに見合う分として、前記基準処理枚数よりも約一、〇〇〇枚ないし三、〇〇〇枚多い約六、〇〇〇枚ないし八、〇〇〇枚に増量された。しかして、右の非常勤職員が開封、検収済の払込書の処理は、枚数が平常の場合よりも増量されてはいるものの、職員の労働密度は前記基準処理枚数の処理に比し増大するものではなく、また支部もこれについて異議を述べたことは一度もなく、従つて業務繁忙期における非常勤職員の採用による業務運営は円滑に行われていた。

貯金局においては前記六月二二日の確認以来、振替課の業務繁忙に対処するため非常勤職員(学生アルバイト等)を採用する場合には、あらかじめ支部に対し三、四日から一週間位前に通告し、団体交渉においてその採用人員、作業内容等について説明を行つてきて居り、また支部においても業務繁忙期における非常勤職員の採用に反対を唱えるようなことはなく、むしろこれを局側に要請する態度を採つてきた。

5 ところで、振替課の業務は昭和三六年二月に入り季節的な業務繁忙により、遅滞が生じはじめた。しかして、その業務の性格上、特に急速な処理を要するところから、局側においては、当時時間外協定も締結されていたので、遅滞業務の処理を職員の超過勤務によつて行なう計画をたて、支部に対してその協力方を要請した。しかし、支部は右業務遅滞の責任は当局にあるとして超過勤務に応ずることを拒否した。そればかりでなく、局側が、昭和三六年二月中しばしば支部に対し、三月以降の最繁忙時における非常勤職員(学生アルバイト)の採用計画についての説明を行なつて協力方を求めたのに対し、支部は従来の態度を一変し、振替課において受入数量の処理ができないのは定員の不足によるものであり、平常から最繁忙時の業務量に見合う定員を配置すべきであると主張しはじめ、局側が定員増加についての抜本的対策を立てることなくして、三月以降に非常勤職員を採用しても、その採用の効果をなからしめるようにするとの方針を決め、これを明言するに至つた。このため三月以降における非常勤職員の採用について、局側と支部との間で正常な話合いを行なうことができる余地がなくなるに至つた。

振替課では昭和三六年二月末に至り払込書の滞貨が一万通にも達し、同年三月に入つてからは受入物数も増加して業務遅滞がはげしくなり、利用者から苦情申告が出されるに至つたが、前記の如く支部において超過勤務を拒否したため局側は止むなく、同年三月四、五日の土、日曜の両日、管理職員を動員して遅滞業務の処理を行なうと共に、三月六日支部に対し、翌七日から学生アルバイト一五名を非常勤職員として採用する旨の通知を行なつた。これに対し、支部は、同日局側に対して、前記管理職員による遅滞業務の処理は、極めて悪質な挑戦的組織切りくずし行為であり、今後に起る一切の問題は官側の責任である旨の通告書を提出するとともに、同日付要求書をもつて賃金引上げの実施、ILO条約の批准、スト権確立のための関係法の改正などの諸要求を提出し、右諸要求につき同月八日までに回答することを要求した。また当時振替課長であつた倉本時男は、同月七日同課担当の執行委員である原告奥田に対し、同日以降の非常勤職員の採用に伴い、同課職員の払込書(非常勤職員が開封・検収済のもの)の処理枚数は、非常勤職員が取扱つた事務量に応じ、これに見合う分だけ平日五、三〇〇枚、土曜一、七〇〇枚の前記基準枚数よりも増量することについて、従来どおり支部の協力を要請した。しかし、支部はこれに対し、前記三月六日付要求書に対する回答と最繁忙時における業務量に見合う定員の増加要求を固執し、局側の要請には全く応ずる態度を示さなかつた。

前記の如く、事務繁忙期における振替課の遅滞事務の処理に当つて、局側が非常勤職員の採用について予め三、四日ないし一週間位前に支部に通告し、団体交渉においてその採用人員、作業内容等について説明し、また非常勤職員を採用した場合、振替課長が同課担当の執行委員と話し合いの上、その意見を徴して当日の処理枚数を決めていたのは、前示六月二二日の確認事項第七項に基づく取扱いであるが、支部において前記の如き態度にでたため、三月七日以降の非常勤職員の採用自体についての局側と支部との話し合いはもちろん、非常勤職員を採用した場合の処理枚数についての振替課長と同課担当の執行委員との話し合いは、とうていこれを行ない得ない状態となつた。そこで、局側は予定どおり三月七日非常勤職員(学生アルバイト)一五名を採用し、同日から払込書の開封、検収等の作業を行わしめ、三月九日以降は同課担当の執行委員の意見を徴することなく前記基準処理枚数と前記昭和三五年七月および一二月における非常勤職員採用の際の処理枚数などを勘案の上、当日の処理枚数を決め、職員にその処理を命ずるに至つた。しかし、局側が三月九日以降に命じた処理枚数は、前記基準枚数を超えるものではあつたが、非常勤職員において既に開封、検収等の作業工程を終つたものであつた関係から、職員の実際の作業量は平常時における前記基準処理枚数に基づく業務量を超過する程のものではなかつた。

なお、原告岸は貯金局第四貯金課に、同渡辺は第一貯金課に、原告奥田は振替課に所属し、原告高山は組合専従職員であり、また原告らは当時いずれも支部の役員で、前記第二の二の(二)のとおりの役職にあつた。(原告らが支部の役職にあつたことは当事者間に争いがない。)。

(二) 処分事由の存否

(三月七日の行為)

1 原告岸、同渡辺、同高山が昭和三六年三月七日(以下昭和三六年中の事実を示すときは、年次を省略する。)午後四時三二分ごろ貯金局小会議室に入室した事実は当事者間に争いがなく、右事実に成立に争いのない乙第五号証の一、二、第六ないし第八号証の各一の各記載、証人平野正義、中野清次(第一、第二回)、介田方正(第一回、一部)の各証言および原告岸正英、同渡辺孝一郎、同高山宏、同奥田不美男(いずれも第一回、一部)各本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができ、証人介田方正(第一回)の証言および原告岸、同渡辺、同高山、同奥田各本人(いずれも第一回)尋問の結果中、右認定に反する部分は採用しない。

(1) 原告岸、同奥田は、三月七日午後四時一二分から同四時一七分までの間、同日から採用された非常勤職員(学生アルバイト)一五名が作業中の貯金局小会議室に立ち入ろうとして、上司に無断で自己の執務場所を離脱して勤務を欠いた。

(2) 原告岸、同渡辺、同高山は同日午後四時三二分ごろ支部役員六名位と共に、貯金局管理課長平野正義、業務課長高栄一らの制止を無視して前記小会議室に入室し、右管理課長の同室から退去して就業すべき旨の命令(ただし、原告高山に対しては退去命令のみ。)に従わないで、同四時四五分まで同室に在室した。

2 原告らは、「従来貯金局においては、非常勤職員を採用する場合、少なくとも二、三日前に支部に対し通知し、団体交渉が行なわれていたところ、局側は三月六日に翌七日から非常勤職員を採用する旨を支部に通知し、かつ支部が申入れた団体交渉にも応じなかつた。そこで支部は非常勤職員の作業実態を調査する必要があつたので、原告らは非常勤職員が作業中の小会議室へ赴いたものであつて正当な組合活動である。」旨主張する。前示六月二二日の確認成立以来、振替課における遅滞業務処理のため非常勤職員を採用する場合には、その三、四日ないし一週間位前に局側から支部に対しあらかじめ通知がなされ、かつ団体交渉が行なわれていたこと、しかし局側が三月七日から採用した前記非常勤職員についてはその前日の六日に通知がされ、かつ団体交渉が行なわれなかつたことは、前記(一)の4、5において認定したとおりである。しかし前記(一)の5でみたように、支部は昭和三六年二月中しばしば局側から同年三月以降の最繁忙時における非常勤職員の採用計画について説明を受け、これが協力方を求められたがこれを拒否したばかりか、非常勤職員採用の効果をなからしめるようにするとの強い態度をとつたため局側と支部との間で右についての正常な話合いができない状態にあつたことを考慮に入れると、局側の右措置は必ずしも不当なものといえない。支部において非常勤職員の作業実態を調査する必要があつたにせよ、原告高山を除くその余の原告らが上司に無断で執務時間中に自己の職場を離れ勤務を欠くことは許されないところであるし、原告らが勤務時間中に一〇名に及ぶ多数で局側管理職員の制止に反して非常勤職員が作業中の部屋に入室したことは、前記(一)の5で認定した事実に照せば、非常勤職員の作業実態の調査にあるというよりは、むしろ当局の非常勤職員採用の措置に反対する支部の斗争戦術の一環として行つた示威的行為であつたと認めるのが相当である。従つて、このような行動は正当な組合活動に属するものとはいい難い。

(三月八日の行為)

1 原告岸が三月八日原告渡辺、同奥田と共に振替課事務室内に立ち入つたことおよび払込書在中の文庫を手で押えたことは当事者間に争いがなく、右事実と成立に争いのない甲第一三号証、乙第五号証の三ないし五、第六号証の二、三、第七、第八号証の各二の各記載、証人平野正義、倉本時男、中村義雄、中野清次(第一回)、植木文雄(第一回)、幡勉(第二回、一部)、泉弘(第二回)の各証言、原告岸、同渡辺、同高山、同奥田各本人(いずれも第一回、一部)尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができ、証人高橋邦夫、幡勉(第二回)の各証言および右原告ら各本人(いずれも第一回)尋問の結果中、右認定に反する部分は採用しない。

(1) 原告岸は、三月八日午前八時三〇分始業と同時に振替課事務室安全庫に立ち入り、同庫内の糊付台上にあつた、前日非常勤職員(学生アルバイト)が開封し、当日処理予定となつていた払込書三、一〇〇枚在中の文庫(ぼて箱)を両手で抱えこむようにして押え、次いで原告渡辺は原告岸の指示を受け、岸に代つて八時二二分頃から八時四五分頃まで右文庫を押え続け、その間、原告岸は中村振替課課長代理、平野管理課長らから当日処理すべき払込書であるから文庫から手を離すよう命ぜられ、また、原告渡辺は平野管理課長から手を離し、就労すべき旨を命ぜられたのにかかわらず、いずれも右命令に従わず、右文庫を搬出しようとした中村振替課課長代理の業務を妨害した。

(2) 原告岸は、同日午前八時三三分から同三九分ごろまでの間、振替課事務室において、執務中の同課職員に対し演説を行ない、別途支部から指示があるまで、仕事を見合わせるよう指示して同課の業務を妨害し、さらに中村振替課課長代理および中野管理係長らから、演説を中止し、振替課事務室から退去して就業すべき旨の業務命令を受けたのに従わなかつた。

(3) 原告奥田は、同日午前九時四〇分ごろ倉本振替課長、中村同課課長代理らが局長の指示により払込書の処理を命ずるため再び安全庫から前記文庫を搬出しようとするや、同文庫の払込書を押さえ、原告岸、同渡辺、同高山は、他の執行委員一〇名位と共に右文庫を取り囲むなどし、同課長らの右文庫の搬出を阻止してその業務を妨害し、その結果、文庫在中の払込書三、一〇〇枚の処理を不能にさせた。

(4) 原告岸は、同日午後三時三〇分から同三時四五分までの間、上長に無断で勤務を欠いて振替課事務室に赴き、同課職員に対して演説を行ない、その間、中村振替課課長代理、中野管理係長から演説を中止し、退去して就業すべき旨を命ぜられたのに従わなかつた。

2 原告らは、「原告らが当日右(1)ないし(3)の各行為に出でたのは次の理由による。すなわち、振替課では、従来、振替貯金払込書の処理枚数は、前記六月二二日の確認事項第七項によつて、振替課長と同課担当の執行委員との話合いによつて決められていた。しかるに、倉本振替課長は、当日、同課担当の執行委員である原告奥田と話し合いをしないで、非常勤職員が前日処理した枚数を上積みして一方的に処理枚数を決め、これが処理を命じて強行しようとした。そこで、原告らは前記確認事項第七項による労働条件を確保するため、止むなく右行為に出でたものであり、当日の行為は正当な組合活動である。」旨主張する。

前示六月二二日の確認成立以来、業務繁忙期における振替課の遅滞事務処理のため非常勤職員を採用した場合には、右確認事項第七項に基づく取扱として、振替課長が同課担当の執行委員と話し合いの上、その意見を徴して非常勤職員の行つた作業量に見合う分だけ前記基準処理枚数よりも増量した処理枚数を決めて処理を命じていたこと、局側が昭和三六年二月中、支部に対し同年三月以降の業務繁忙時における非常勤職員の採用計画について説明して協力方を求めたのに対し、支部は従来の態度を変え、平常から最繁忙時の業務量に見合う定員を配置すべきであると主張し、局側が定員問題について抜本的対策をとることなくして非常勤職員を採用しても、その効果をなからしめるとの方針を決めてこれを明言し、また倉本振替課長が三月七日原告奥田に対し、同日以降の非常勤職員の採用に伴い非常勤職員の作業量に応じ、これに見合う分だけ前記基準処理枚数を増量することについて従来どおりの協力を要請したのに、支部において右要請には全く応じないとの態度に出たため、払込書の処理枚数を決めるについての正常な話し合いはとうていできない状態となつたことは前記認定のとおりであるところ、証人倉本時男、幡勉(第二回)の各証言および原告奥田(第一回、一部)本人尋問の結果を総合すると、局側においては、振替課の業務遅滞を解消するため、支部の右態度にかかわらず三月八日以降は振替課職員に対し非常勤職員が取扱つた払込書の処理を命ずる方針をとり、これを支部に対し明かにしていたこと、また局側が三月八日に同課職員に処理させることを予定していた払込書の数量は、その前日非常勤職員が開封した三、一〇〇枚と未開封の二、二〇〇枚の合計五、三〇〇枚であり、前記基準処理枚数(平日五、三〇〇枚)を超えるものでないのみならず、かえつて開封済のもの三、一〇〇枚が含まれていたから、その事務量は実質的には右基準処理枚数に基づく業務量を下廻るものであつたこと、しかるに支部は非常勤職員が開封した右三、一〇〇枚については、振替課職員に処理させないようにしようとし、当日始業開始と同時に、振替課長が執行委員と話合をするいとまもなく、直ちに原告岸らにおいて安全庫内に突入して、前記の如く右三、一〇〇枚在中の文庫を抑える行為に出でたことを認めることができ、原告岸、同渡辺、同高山、同奥田各本人(いずれも第一回)尋問の結果中、右認定に牴触する部分は、いずれも前記採用の各証拠に照して措信しがたく、本件に顕われた全証拠を参酌するも、前示六月二二日の確認事項第七項が、非常勤職員によつて開封、検収等の作業ずみの払込書のその後の作業工程を振替課職員に行わしめるかどうかについてまでも、振替課長と同課担当の執行委員との話し合いによつて処理すべきことを定めたものであること、もしくは右確認以来そのような取扱が行われていたことを認めるに足る証拠はない。右の事実によれば、局側が三月八日から振替課職員に非常勤職員の取扱つた払込書の処理を命ずる方針を採るに当り、同課担当の執行委員である原告奥田と話し合いをしなかつたことは、前示六月二二日の確認事項第七項に反する措置であつたとはなし難く、また局側が職員に処理させることを予定していた三月八日当日の払込書の数量は五、三〇〇枚であつて前記基準処理枚数を超えるものではなく、しかも右処理枚数につき原告奥田との話し合いができなかつたのは、原告らの責に帰すべき事由によるものであることが明らかである。したがつて、原告らの前記各行為が正当な組合活動であるとする原告らの主張は、とうてい採用できない。

また原告岸は、同原告が前記(4)認定の演説を行なつたのは、その直前、宝来次長において「組合側の無理解によつて交渉は決裂した」旨の局内放送を行なつたため、支部組合員に事の真相を説明するため止むなくなしたものである旨主張し、原告岸本人尋問の結果(第一回)によれば、三月八日午後三時三〇分頃、宝来次長は「支部は無理解で、仕事の遅れているのは支部のせいである。支部の言うことを聞かないで局側管理者の指示どおり作業して貰いたい」旨の局内放送を行なつたことを認め得る。しかし、前記(一)の5において認定した事実に照せば、原告らの前記(1)ないし(3)の行動は非常勤職員採用の効果をなからしめるとの支部の方針に基づいて、非常勤職員の取扱つた三、一〇〇枚の払込書の処理を拒否するために行われたものであることが明らかであり、また前記(2)で認定したとおり原告岸は三月八日当日の朝、振替課職員に対し支部から別途指示あるまで仕事を見合せるよう指示したのみならず、当日は前記認定の如く原告らの前記行動の結果、右三、一〇〇枚の払込書については現実に処理不能となつたのであるから、これらの事実から見れば、宝来次長が前記の如き局内放送をなしたのは、管理者の立場上当然の措置であつたと認められる。そればかりでなく、証人中野清次の証言(第一回)によれば、原告岸のなした前記(4)認定の演説は、「局側が支部の意図を無視するから、今後は支部の意図通りに行動する。非常勤職員の取扱つた払込書を処理することは、定員増員獲得という支部の方針に反するから無視すべきである。」など、主として非常勤職員の取扱つた払込書の処理を拒否すべきことを支部組合員に要請するものであつたことを認め得る。したがつて、原告岸の行なつた前記演説をもつて正当な組合活動と認めることは相当でない。

(三月九日の行為)

被告主張の「原告ら四名は、三月九日午前一一時から約一〇分間振替課事務室安全庫内に立ち入つて会合し、その間中野管理係長から退去して就業すべき旨を命ぜられた(ただし、原告高山に対しては、退去命令のみ。)のに、これに従わなかつた。」との事実(処分理由(7)の事実)については、成立に争いのない乙第五号証の六、第六号証の四、第七、八号証の各三中には、右に副う記載があり、また証人中野清次(第一回)の証言中にも同旨の部分があるけれども、右各証拠は、いずれも原告岸、同渡辺、同高山、同奥田各本人(いずれも第一回)尋問の結果と対比してたやすく採用することができず、他に被告主張の右事実を認めるに足りる適確な証拠はない。

(三月一〇日の行為)

1 原告ら四名が、三月一〇日倉本振替課長に対し、同日の払込書の処理枚数について支部との話合いを要求したこと原告岸が支部組合員に対し振替課事務室へ集合するよう指示し、同室に集合した支部組合員に対し演説を行つたことは当事者間に争いがなく、右事実と成立に争いのない乙第五号証の七、八、同号証の二六、二七、第六号証の五ないし八、第八号証の四の各記載、証人平野正義、倉本時男、中野清次(第一、第二回)、植木文雄(第一、第二回)、中村義雄、泉弘(第二回一部)、幡勉(第二回、一部)の各証言、および原告岸、同渡辺、同高山、同奥田(いずれも第一回、一部)を総合すると、次の事実を認めることができ、証人泉弘、幡勉(いずれも第二回)、原告岸本人(第一回および第三回)同渡辺本人(第一回)、同高山、同奥田本人(いずれも第一、二回)の各供述中右認定に牴触する部分は、いずれも前記採用の各証拠に照して措信しがたく、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

(1) 原告ら四名は三月一〇日午前八時三〇分始業と同時に支部執行部役員九名と共に振替課事務室において、同課課長倉本時男を取り囲み、約一時間にわたつて同課長が当日六、五〇〇枚の払込書の処理を命じたことは不当であるとし、六、五〇〇枚の処理を命ずる根拠の説明を求め、払込書の処理枚数について事前に支部と話合うことを交々要求し、同課長をして執務できないようにしてその業務を妨害し、その間、高業務課長、平野管理課長から再三にわたり同室から退去して就業すべき旨を命ぜられた(ただし、原告高山に対しては退去命令のみ。)のに、これに従わなかつた。

(2) 原告渡辺は、同日午前八時四八分ごろ振替課事務室において、同課職員に対し、局側と支部との間で払込書の処理枚数について話がつくまで払込書の処理をしないようにせよと指示して怠業をあおり、またはそそのかし、同課職員に払込書の処理事務を中止させて同課の業務を妨害した。

(3) 原告奥田は、同日午前一〇時一〇分ごろから同一一時過ぎごろに至るまでの間、振替課事務室において、倉本振替課長に対し、同課長が四、〇〇〇枚の払込書の処理を命じたことは不当であるとし、支部の計算による三、五〇〇枚でなければ処理しない旨をしつように主張し、その間、同課長をして執務できないようにしてその業務を妨害した。

(4) 原告ら四名は、同日午後一時三〇分ごろ支部執行部役員と共に振替課事務室に立ち入り、倉本振替課長が一、五〇〇枚の払込書の処理を命じたことは不当であるとし、同課長を取り囲み、約三〇分にわたつて交々に払込書の処理枚数について話合いを要求し、同課長をして執務できないようにしてその業務を妨害した。

(5) 原告岸は、同日午後二時五分ごろ振替課事務室に勤務時間中の貯金局各課職場委員を集合させて集会を行ない、次いで午後二時三九分ごろ原告渡辺らに指示して、勤務時間中の支部所属組合員約七百名を同事務室に集合させたうえ、原告岸、同高山は交々机の上に立つて同三時九分ごろまで経過報告等の演説を行ない、その間、中野管理係長から口頭および局内放送によつて、同室から退去して就業すべき旨を命ぜられた(ただし、原告高山に対しては退去命令のみ。)のに、これに従わず、かつ前記組合員たる職員約七百名をして右二時三九分ごろから午後三時までの間(午後三時から同三時九分までは休憩時間)欠勤させた。

2(1) 原告らは、原告ら四名が前記(1)の如く倉本振替課長に当日の払込書の処理枚数について支部と話し合うよう要求したのは、局側が前示六月二二日の確認事項第七項を無視して振替課担当の執行委員である原告奥田と話し合いをすることなく、一方的に当日の払込書処理枚数を六、五〇〇枚と決め、これが処理を命じたので、右確認事項第七項に基づく話合いを求めるためであつて、何んら不当なものではない旨主張し、証人倉本時男の証言、原告岸、同渡辺、同高山、同奥田各本人尋問の結果(いずれも第一回)を綜合すれば、倉本振替課長は、局長の命により、当日始業と同時に当日の払込書処理枚数を六、五〇〇枚と決めて、その処理を課員に命じたこと、倉本課長が右処理枚数を決めるに当り、あらかじめ同課担当の執行委員である原告奥田と話し合いをしなかつたこと、および原告ら四名は右局側の措置は前示六月二二日の確認事項第七項に基づく取扱を無視するものであるとして、右確認事項第七項に基づいて当日の処理枚数について話し合いをなすべきことなどを求めるため前記(1)の行為にでたことを認め得る。しかし、前記(一)の5で認定した事実ならびに前記三月八日の原告らの行動により三、一〇〇枚の払込書の処理が不能に帰した事実に鑑みれば、三月七日以降においては、支部の強硬な態度により前示六月二二日の確認事項第七項に基づく取扱である振替課長と同課担当の執行委員との正常な話し合いは、とうてい期し得られない状態にあつたことが明らかであり、しかも前記認定のとおり昭和三六年二月末において払込書の滞貨が既に一万通にも達し、更に加えて同年三月に入つてからは季節的繁忙による受入物数の増加による業務遅滞が益々激しくなつていたことを勘案すれば、局側が同課担当の執行委員との話合いを経ないで、三月一〇日当日の処理枚数を決め、その処理を命じたことは、止むを得ない措置であつたと認められる。しかして、証人倉本時男、植木文雄(第二回)の各証言によれば、倉本振替課長が当日始業と同時に処理を命じた払込書六、五〇〇枚は、非常勤職員が開封・検収済のものであり、その処理に要する事務量は未開封の払込書約四、八一〇枚分の事務量にしか相当しないものであることが認められるから、倉本振替課長が当日六、五〇〇枚の処理を命じたことは、平日五、三〇〇枚という前記基準処理枚数を下廻るものであつたことが明らかである。そうだとすれば、当日始業と同時に倉本振替課長と原告奥田との間に当日の処理枚数についての話し合いがなされたにしても、原告奥田においては六、五〇〇枚の処理について異議をさしはさむ余地はなかつたものであり、当日右六、五〇〇枚の処理を行なうにおいては前記基準処理枚数に基づく事務量を超過し、振替課職員の労働強化を来たすべき特段の事情(例えば欠勤者が多いことなど)のあつたことを認めるに足る証拠はない。

したがつて原告らが、倉本振替課長の措置を不当であるとして、前記(1)で認定の如く、約一時間にも亘つて同課長に要求を続けたことは、正当な組合活動と認めることはできない。

(2) また、原告岸は、原告岸が組合員を振替課事務室に集合させた上、演説を行なつたのは、当日午後二時四〇分頃、宝来次長が不当にも支部を中傷する庁内放送を行つたので、支部の組織を防衛するため、止むを得ずなしたものであり、正当な組合活動である旨主張し、証人泉弘(第二回)原告岸(第一、第三回)、同高山、同奥田(いずれも第一、第二回)の各供述中には、あたかも右主張に副うような部分が存するが、右各供述部分は、いずれも証人倉本時男、中村義雄、中野清次(第一回)の各証言と対比してたやすく措信し難く、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(3) しかして、前掲各証拠によれば、当日振替課においては、電信払込、照会等の緊急を要する事務を除き、払込書の処理事務は全く行われなかつたことが認められ、また前記認定の1の(5)の事実によれば、貯金局の職員約七百名が約三〇分にわたり勤務を欠いたものであるから、当日の原告らの行為は重大な結果を生じさせたものといわなければならない。

(三月一一日の行為)

1 成立に争いのない乙第五号証の九の記載、証人倉本時男、平野正義、介田方正(第一回)の各証言および原告岸正英本人(第一回)尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

原告岸は、三月一一日午前八時五〇分ごろから同九時一〇分ごろに至るまでの間、振替課事務室において、勤務時間中の同課職員に対し、「今後における仕事は、支部独自の立場でやる。」旨の演説を行ない、その際平野管理課長らから退去して就業すべき旨を命ぜられたのにこれに従わず、かつその間約二〇分にわたり自己の勤務を欠いた。

なお、被告の主張する「原告高山は、同日その場に同席し、退去命令を受けながら在室した。」との事実(処分理由(14)の事実)については、証人平野正義、倉本時男の各証言によつてもこれを認めるに十分でなく、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

2 もつとも、原告岸本人(第一、第二回)、同高山(第一回)の各供述によれば、宝来次長は、当日午前八時三〇分の始業開始と同時に支部執行部に対し、今後振替課における処理枚数は、局側において決定して実施する旨を通告し、前示六月二二日の確認事項第七項を無視する態度にでたので、原告岸においてこの間の事情を振替課職員に説明する過程において前記の如き演説をなしたものであることを窺い得るけれども、当時、振替課における払込書の処理枚数を決めることにつき振替課長と執行委員との間で確認事項第七項に基づく正常な話合いは、とうてい期待できない状態に陥つていたものであることは既に認定したとおりであり、右事実と、前記認定のとおり当時振替課の業務遅滞が激化を辿つていたのに拘わらず、原告らの行動によつて三月八日には三、一〇〇枚の払込書の処理が不能となり、また三月一〇日には全く払込書の処理が行われなかつた事実とによれば、宝来次長において右の如き通告を行なつたのは、止むを得ない措置であつたと認められる。そればかりでなく、原告岸が宝来次長の右通告に至る経過の説明を敢えて勤務時間中にしなければならないような差し迫つた特段の事情のあつたことを認めるに足る証拠はない。したがつて原告岸の前記行為は正当な組合活動であるとは認めることはできない。

(三月一三日の行為)

1 成立に争いのない乙第五号証の一〇ないし一二、一八、二八、第六号証の九ないし一二、第七号証の四、五、第八号証の六、七の各記載証人平野正義、倉本時男、中村義雄、中野清次(第一回)、植木文雄(第一回)、松尾満(一部)の各証言および原告岸、同渡辺、同高山、同奥田各本人(いずれも第一回、一部)尋問の結果を総合すると次の事実を認めることができ、証人松尾満の証言および右原告ら各本人尋問(いずれも第一回)の結果中右認定に牴触する部分は採用しない。

(1) 原告ら四名は、三月一三日始業前から振替課事務室に立ち入り、勤務時間中である午前八時三五分ごろ各課職場委員約三五名を同事務室に集合させ、平野管理課長から再三にわたり同室から退去して就業すべき旨の口頭および文書による業務命令(ただし、原告高山に対しては退去命令のみ。)を受けたのにかかわらず、これを無視して前記職場委員らと共に午前九時三〇分ごろまで同室に在室した。

(2) 原告奥田は、同日午前八時四〇分ごろ振替課事務室において、同課職員の机上に当日処理分として配布されていた払込書のうち約六〇五通を、当日の処理分に入れるべきでないとし、これを取り上げてその場所を移動させ、同課の業務を妨害した。

(3) 原告岸、同渡辺は同時刻ごろ、植木業務課長代理らが右払込書約六〇五通を当日処理分として再び配付するため手中に収めたところ、支部執行部役員や職場委員約三五名らをして同課長代理、宝来次長ら局側要員を取り囲ませたうえ、同人らを安全庫内まで押し込ませた。

(4) 原告岸、同渡辺、同高山は、支部執行部役員と共に同日午前一〇時四〇分ごろ、倉本振替課長の命をうけて同課長席横の机で払込書を処理していた松尾第一口座係長および牧野第二口座係長に対し、支部の方針に協力して事務を中止するようしつように説得し、同係長らをして止むなく右事務を中止させたうえ、その自席まで連れて行き、同係長らの業務を妨害した。

なお、被告主張の「原告岸、同渡辺、同奥田は三月一三日各課職場委員および各課職員を指揮し、第一貯金課の職員全部およびその余の貯金課の職員の一部をして、それぞれの貯金課の課長に対し、局側の振替課における措置について説明を要求させ、各課長から就業命令が発せられたのに、これに従わず、三〇分ないし一時間にわたつてこれを継続し、その間の職務の執行を放棄させた。」との事実(処分理由(19))については、証人平野正義の各証言によれば、同日各貯金課職員が被告主張のように各貯金課の課長に対し、局側の措置について説明の要求をした事実を認めることができるけれども、その余の事実についてはこれを認めるに足りる適確な証拠がない。

2 原告岸、同渡辺、同高山、同奥田各本人尋問の結果(いずれも第一回)によれば、「原告らが前記(1)ないし(4)の行動にでたのは、当日、倉本振替課長において同課担当の執行委員である原告奥田と話合いをしないで前記基準処理枚数を上廻る六、五〇〇枚の処理を一方的に命じたので、同課長に対し、右基準枚数を上廻る分については話合いが成立するまで処理を待つように要求し、前示六月二二日の確認事項第七項に基づく話合いなくして命じられた右払込書の処理の強行を防止するためであつたことを窺い得ないではない。しかしながら、既に認定したとおり非常勤職員採用に関しての支部の態度から前示確認事項第七項に基づく正常な話合いは、とうていできない状態にあつたのであるから、倉本振替課長が同課担当の執行委員である原告奥田との話合いをすることなく当日の処理枚数を決めたことをもつて前示確認事項第七項に反する不当な措置であるとはなし難く、証人植木文雄(第二回)の証言によれば、当日、倉本振替課長が処理を命じた払込書六、五〇〇枚は、すべて非常勤職員において開封・検収済のものであつた関係から、その事務量はかえつて平日五、三〇〇枚という前記基準処理枚数に基づく事務量を下廻るものであつたことが認められるから、倉本振替課長が右六、五〇〇枚の処理を命じた措置は相当であつたというべきである。したがつて、原告らの当日の行為は、正当な組合活動であるとすることはできない。

(三月一四日の行為)

1 成立に争いのない乙第五号証の二〇、二一、第六号証の一三、一四、第七号証の六、第八号証の八、九の各記載、証人倉本時男、中村義雄、中野清次(第一回)、介田方正(第一回、一部)、高橋邦夫(一部)、佐々木義雄(一部)、松尾満(一部)の各証言および原告岸、同渡辺、同高山、同奥田各本人(いずれも第一回、一部)尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができ、証人介田方正(第一回)、高橋邦夫、佐々木義雄、松尾満の各証言および右原告ら各本人(いずれも第一回)尋問の結果中右認定に反する部分は採用しない。

(1) 原告岸、同渡辺、同高山、同奥田は三月一四日午前八時三〇分から同九時四〇分までの間支部執行部役員らと共に、勤務時間中の各課職場委員約三五名を振替課事務室に集め、その間これらの者を欠務させ、その際、原告高山は吉川第七貯金課長から同室より退去すべき旨を命ぜられたのに、そのまま在室して右退去命令に従わず、原告奥田はその間自己の行なうべき振替課の業務を放棄し、原告岸、同渡辺はその後も引き続き同日午後五時まで無断でそれぞれ自己の執務場所から離脱し、終日その職務を行なわなかつた。(なお、原告奥田が終日無断で自己の行なうべき振替貯金業務を放棄したとの被告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。)。

(2) 原告岸は同日午前八時五五分ごろ振替課事務室において、貯金局長の命令により同室内の状況を写真撮影していた郵政省貯金局管理課事務官近田精吉を詰問したうえ、支部所属の組合員を指揮して同事務官を取り囲み、撮影したフイルムの引渡を強く要求し、同事務官をして右フイルムの引渡を余儀なくさせた。

(3) 原告奥田は、同日午前一一時ごろから午後三時五〇分ごろまでの間、前後五回にわたり、振替課事務室において同課職員に対し、支部の方針どおり五、三〇〇枚を超える払込書の処理をしないように指示し、その結果当日処理予定の約三割に相当する払込書の処理を不能にさせて同課の業務を妨害した。

2 原告岸、同渡辺、同高山、同奥田各本人尋問の結果(いずれも第一回)によれば、局側は三月九日頃から郵政省係官や郵政監察官を振替課事務室に臨場させて職員の執務状況を監視する態勢にでたこと、倉本振替課長が原告奥田と話合いすることなく当日の払込書処理枚数を六、五〇〇枚と定めて、これが処理を命じたこと、および原告らは右の如き局側の措置に対抗するために前記(1)ないし(3)の行動にでたものであることが認められる。しかしながら、既に認定したとおり、昭和三六年二月頃から支部は最繁忙時の業務量に見合う定員の配置を要求し、局側の樹てた同年三月以降の繁忙時における非常勤職員の採用計画に真向から反対し、非常勤職員採用の効果をなからしめるとの方針を決定したのみならず、同年三月八日には非常勤職員の処理した払込書三、一〇〇枚の処理を現実に拒否する行動にでたのであるから、局側が振替課事務室に本省係官や郵政監察官を臨局させて同課職員の執務状態を監視する態勢にでたことをもつて直ちに不当な措置であるとはなし難い。また局側が当日六、五〇〇枚の払込書の処理を一方的に命じたことが不当な措置であると認めがたいことは、既に三月一〇日および三月一三日の項で説示した理由により明らかである。従つて、原告らの当日の行為をもつて正当な組合活動であるとすることはできない。

(三月一五日の行為)

1 各成立に争いのない乙第六号証の一六、一七、第七号証の八の各記載、証人中野清次(第一回)の証言および原告渡辺、同高山同奥田(いずれも第一回、一部)の各本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができ、原告渡辺、同高山、同奥田各本人(いずれも第一回)尋問の結果中、右認定に反する部分は採用しない。

(1) 原告渡辺、同高山は三月一五日午前八時三〇分ごろ、局側が振替課事務室入口に「他課員の入室禁止」なる貼紙を掲示して他課員の振替課事務室への入室を禁止していたのにこれを無視して同事務室に入室し、さらに高業務課長から同室より退去して就業すべき旨の命令を受けた(ただし、原告高山に対しては退去命令のみ。)のに、これに従わないで同八時四三分ごろまで在室した。

(2) 原告高山は、同日中野管理係長から二回にわたり、支部が貯金局舎地階の壁に無断で貼付した「申入書」と題する掲示物を撤去するよう命ぜられたのに、これに従わなかつた。

なお、被告主張の「原告奥田は、三月一五日午前八時三〇分から同八時四三分までの間、振替課において就業せず、高業務課長から就業すべき旨を命ぜられたのに、これに従わないで業務命令に違反した。」との事実(処分理由(25))については、これを認めるに足りる証拠がない。

(三月一六日の行為)

各成立に争いのない乙第五号証の一四、第七号証の九の各記載、証人中野清次(第一回)の証言および原告岸本人尋問の結果(第一回、一部)を総合すると、原告岸は三月一六日午前八時四八分頃、同高山は同日午前八時四五分頃と午後四時一五分頃の二回に亘り、中野管理係長から支部が貯金局舎地階の組合掲示板脇の壁に無断で貼付した「檄」と題する貼紙を撤去するよう命ぜられたのに、いずれもこれに従わなかつたことが認められ、原告岸本人尋問の結果(第一回)中、右認定に反する部分は前記採用の証拠に照して措信しがたく、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

(三月一七日の行為)

各成立に争いのない乙第五号証の一六、一七、二三、二四、第七号証の一一ないし一三、第八号証の一一、一二の各記載、証人平野正義、中野清次(第一回)、植木文雄(第一回)、介田方正(第一回、一部)、幡勉(第二回、一部)の各証言および原告岸、同高山、同奥田各本人(いずれも第一回、一部)尋問の結果を総合すると、次の事実を認定することができ、証人介田方正(第一回)、幡勉(第二回)の証言および右原告ら各本人(いずれも第一回)尋問の結果中、右認定に反する部分は採用しない。

(1) 原告高山は、三月一七日午前八時四一分ごろ平野管理課長から支部が貯金局舎地階の組合掲示板脇の壁に無断で掲示した「対官警告書」と題する貼紙を撤去するよう命ぜられたのに、これに従わなかつた。

(2) 原告岸、同高山、同奥田は、同日午後三時一七分ごろ支部執行部役員らと共に、貯金局局長の命により局長室入口扉前で入室を阻止した中野管理係長および同扉内側から扉を抑えていた平野管理課長の制止を排し、力まかせに扉を押しあけて同室内に入室した。

(3) 原告岸、同高山は、同日午後一時三〇分ごろ貯金局局舎内の構内局開設予定室に無断入室し、高業務課長から退去して就業すべき旨の業務命令を受けた(ただし、原告高山に対しては退去命令のみ。)のにかかわらず、これを無視して同四七分ごろまで在室し、原告岸はその間就業せず、かつ原告ら両名は同室内で作業中の非常勤職員(女子高校生アルバイト)三七名に対し、非常勤職員をやめるように呼びかけて局側が右非常勤職員に行わせていた業務を妨害し、次いで原告岸、同高山、同奥田は、同日午後四時五〇分ごろ前記開設予定室に無断で立入り、折柄、上田課長代理が前記非常勤職員に対し、その勤務に関して説明中であつたにもかかわらず、右非常勤職員に対し、「支部に協力してくれとはいわないが紛争に巻きこまれないように。」などと申し向け、上田課長代理の業務を妨害すると共に、局側が非常勤職員に行なわせていた業務を妨害しようとした。

(三月一八日の行為)

原告らが、三月一八日貯金局局長と面会したことは当事者間に争いがなく、右事実に、各成立に争いのない乙第五号証の二五、第六号証の一九、第七号証の一四の各記載、証人平野正義の証言および原告岸、同渡辺各本人(いずれも第一回)尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

原告岸、同渡辺は、原告高山と共に三月一八日午前一一時四三分ごろ貯金局局長室へ赴き、局長に対して局側の措置に抗議する旨の通告書を読み上げ、同一一時四七分ごろまで在室し、その間原告岸は自己の執務場所である第四貯金課を、原告渡辺は同じく第一貯金課を、いずれも無断で離脱し、就業をしなかつた。

(三月一三日から三月一八日までの行為)

被告主張の「支部は三月一三日頃、京都地方貯金局における通常貯金業務として、各日、管理者が当日処理分として各通常貯金課(第一ないし第六貯金課)職員に配付して命じた事務量のうち、当時局側が各貯金課の業務を行わせるため採用していた非常勤職員が処理すべき事務量に相当する業務については処理しないことを決定し、三月一四日、一五日、一六日、一八日の四日間にわたり、右各課職員にこれを実行させて、同局の業務を妨害したが、原告らは支部の役員として右業務妨害を指導した。」との事実(処分理由(32)の事実)については、結局これを認めるに足りる適確な証拠がない。

(まとめ)

以上認定の原告らの行為は、貯金局の定員増員を要求し、それを貫徹するための組合活動としてなされたものであつたとしても、上司の職務上の指揮命令に従わず、業務の正常な運営を阻害し、著しく職場秩序を乱すものであつたのであるから、とうてい正当な組合活動にあたるものとはいえないものであり、国公法第八二条第一ないし第三号に該当することが明かである。とくに三月八日、一〇日、一三日、一四日における原告らの行為は、国家公務員として重大な非違行為であつて、その情状は極めて重いものといわなければならない。

しかして、前掲乙第一ないし第四号証の各一、二の各記載によれば、本件免職処分は原告らの前記非違行為を理由としてなされたものであることを認めるに足るから、本件免職処分には処分事由が存しないとの原告らの主張は採用できない。

(三) 原告らは、本件免職処分は不当労働行為に該る旨主張するけれども、本件免職処分が不当労働行為に該らないことは、既に第二の(二)において認定したところによつて明らかである。

(四) また原告らは本件免職処分は懲戒権の濫用にあたり無効である旨主張するが、本件免職処分の理由とせられた原告らの非違行為のうち、特に三月八日、一〇日、一三日および一四日における原告らの行為は重大な非違行為であつて、その情状極めて重いものと認むべきであるから、本件免職処分をもつて懲戒権行使の裁量の範囲を著しく逸脱したものであるとは到底なし難い。したがつて原告らの右主張も採用できない。

(五) しからば、本件免職処分には、原告ら主張の如き無効事由は存しないから、そのこれあることを理由とする原告らの予備的請求は、いずれも理由がなく失当であるというべきである。

第四  結論

以上の次第で、原告らの主位的および予備的請求はいずれも理由がないから、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 兼築義春 吉川正昭 菅原晴郎)

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